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笑顔と出会う寺めぐり

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第2回

第2回

世直し人・日蓮聖人の
情熱に触れる鎌倉の旅!

 

日蓮聖人ゆかりの地を巡る旅・二回目は、鎌倉へ。
当時の幕府があったこの都で、日蓮聖人はどのような行動をとったのでしょうか?
今も鎌倉に残る様々な逸話に耳を傾けつつ、当時の草庵跡などを巡ります。
 

鎌倉歴史を学ぶ、人力車での散策

鎌倉駅を出て、まずは鶴岡八幡宮につづく若宮大路を歩いていると、人力車引きのお兄さんたちが陽気に声をかけてきます。
「日蓮さんゆかりの地めぐり?任せてください!日蓮さんの観光スポットは、鎌倉に多く点在しているので、普段からよく案内していますよ」
と話してくれたのは、鎌倉を愛する人力車引き・清水さん(イケメン!) 。眩しいくらいの笑顔に誘われ、早速案内してもらうことに。
「日蓮さんが鎌倉にいた当時は、地震などの災害が多発したそうです。津波は鶴岡八幡宮のあたりまで来たと聞いていますし、実際に鎌倉の建造物がかなりの被害を受けた跡が残っています」

多くの仏教宗派が、栄華を誇った鎌倉時代。しかし民の苦しい生活は変わらず、災害や飢饉が多発。民は、もはや「現世」の救いを諦め、「来世」での救いを祈ったといいます。そんな、誤った信仰にすがる民のために立ち上がった“世直し人”こそ、日蓮聖人。現世の望みを捨てず、「今をイキイキと生きる」ことの大切さを民に伝えるため、この鎌倉の都で法華経への帰依を呼びかけたんですね。

「この小町大路は、当時たくさんの人が行き交う繁華街でした。日蓮さんはここに立って、町民に向けて分かりやすく説法をしてくださったそうですよ」と清水さん。
その場所は、今は住宅街に。繁華街だったなんて信じられないくらい、静かです。ですがここは、鶴岡八幡宮のすぐそば、まさに幕府のお膝元。ということは、当時盛んだった仏教宗派に異を唱え“法華経こそがお釈迦様の真の教え”とはっきり主張した説法は、かなりの危険行為だったはず。しかしたとえ命がけだったとしても、正義感の強い日蓮聖人は、民の“今”を救いたかったんですね。

布教がこんなに切迫した状況
から出発したなんて、驚き!

“松葉ガ谷の草庵”を訪ねて

清水さんとの楽しい散策を終え、今度はひとりで鎌倉中心地から20分ほど歩いて大町へ移動。ここまで来ると、観光地とはガラリと町の様相が変わるのがよく分かります。この辺りは、日蓮聖人が20年近く過ごしたといわれる「松葉ガ谷の草庵」があったといわれるエリアです。

まず訪れたのは、安房(千葉)から鎌倉入りした日蓮聖人が、最初に一晩を過ごしたといわれる史跡。小屋のような庵が残っているのかと想像しつつ探すものの、見つからない…?やっとのことで発見したのは、小さな洞窟!洞窟での寝泊りは、当時だったら当然なのかもしれませんが、私にとってはかなりびっくり!“偉いお坊さん”の日蓮聖人だから、きっと立派な袈裟を着て、人々に手厚くもてなされて……そんな私の想像がガラガラと崩れ去りました。もっとも、よく考えてみれば、法華経を人々へ伝えるという使命に燃える日蓮聖人ですから、自身の衣食住にはあまり拘らなかったのかもしれませんね。

続いて妙法寺へ。ここは、草庵跡としてだけでなく、 “苔寺”としても有名です。特に、仁王門に続く苔むした階段は必見。山に囲まれ湿気に包まれているからこその、自然の産物です。本堂の周りにもたくさんの緑が溢れ、心地よい時間を過ごせる場所でした。

緑の茂る小道やお寺は
のんびり散歩に最適!

「立正安国論」はここで生まれた!

続いて、妙法寺から徒歩3分ほどで安国論寺に到着。このお寺は、日蓮聖人が「立正安国論」を書いたといわれる場所です。「立正安国論」といえば、 “世が乱れる原因は、来世にしか救いを求めようとしない誤った信仰と加持祈祷などに頼る幕府の誤った宗教政策にある”と日蓮聖人が幕府を諌言したことで有名。私も昔、学校で習った記憶が(おぼろげに)あります。住職の玉川上人からは、日蓮聖人のイメージが変わる興味深いお話が。

「日蓮聖人は、30~40代の10数年鎌倉を拠点として布教をされましたが、その行動の歴史的な事実ははっきりとしていません。一般的には、町辻で猛々しく説法をするイメージが強いですね。しかし私は、日蓮聖人はむしろ物静かで内に強いファイトを秘めた方だったのではと思っています。残されたお手紙などを見ても、とても繊細な気配りのある方ですから。となると、無鉄砲にすぐに捕まるような辻説法をしたかどうかは、疑問です。武家のお屋敷に人を集め、徐々に法華経信仰を広めたという説もあります。
また『立正安国論』についても、一般的には幕府や他宗派への批判という側面で語られます。しかし、他者にこれを突きつけるということは、自らを非常に厳しく律する覚悟がないといけない。 『立正安国論』には、日蓮聖人の“民衆を正しい信仰へと導く”宗教者としての厳しい姿勢と自戒の思いが込められている、と私は思うのですよ」

正しい方向から目を背けず、厳しく自分を律する一面、そして思慮深く他を思いやる一面――。玉川上人の言葉を聞くうちに、私のなかで、息の通った生身の人間・日蓮聖人のさまざまなイメージが浮かんでくるようでした。

住職のお話は、普段は
聞けない逸話の宝庫のよう!

神聖なパワーを感じる“御法窟”

続いて、安国論寺の見所を玉川上人に案内してもらいます。
「立正安国論」が書かれた“御法窟”は、真っ暗な岩窟。さすがに、もう洞窟での生活には驚きません(笑)。特別に中へ入らせてもらうと、ひんやりとした神秘的な空気が漂います。物音ひとつしない、お灯明だけの明かりの中でじっとたたずんでいると、まるで瞑想状態のような不思議な感覚に。まさに、じっと自分の考えを掘り下げていくのに適した空間だったのかもしれませんね。

続いて御法窟脇の石段を登っていくと、市内から由比ガ浜・材木座の海岸・富士山・伊豆半島まで見渡せる絶景ポイント「富士見台」に到着。
「日蓮聖人は、ここから富士山に向かって法華経を読経といわれています。富士山の向こう側は、ちょうど身延山の方角ですから、ここ鎌倉にいらしていた時に既に、晩年隠棲される身延の地を感得されていたかもしれません」と玉川上人。
ここからは、鎌倉の町並みを一望できます。「立正安国論」で“人々が正しい信仰をもてば、国は平和になり、人々は安穏になる”と説いた日蓮聖人。そんな風に広く世の中を見据える視点と、ここから見ていたであろう町並みの景色が、ぴったりと重なるような気がしました。

さらに玉川上人は富士見台の先を指し、「草庵が襲われた時、この山道を通って裏山づたいに今法性寺のある所まで逃れたそうですよ」と一言。その先にあるのは、うっそうと木の茂る山道。一瞬、これから訪ねる予定の法性寺への道のりに不安がよぎります。

日蓮聖人は、どんな気持ちで
この景色を眺めていたんだろう?

白い猿が日蓮聖人を救った?!

安国論寺から10分ほど歩くと、本日最後の見所・法性寺の門に到着。しかし、門から山頂までがきついのなんの!さすが“逃れた場所”だけあって、かなり山の奥深くにあります。富士見台でよぎった不安はみごと的中。整備されていますが、高低差はかなりのものです。辿りつくには、強い意気込みが必要ですよ(笑)。

「立正安国論」の提出を始めとする日蓮聖人の布教活動は、幕府の迫害を招いたといいます。松葉ガ谷の草庵にいた日蓮聖人に襲撃の手が伸びた際、避難したという伝承が残っている場所が、この法性寺です。
驚くのが、その伝承の登場人物。なんと白い猿が現れ、この安全な場所へと案内したというのです。にわかに信じがたい話ですが、いくつもの伝承を残している日蓮聖人ならありえるかも?!
その伝承にちなんで、法性寺では、猿のモチーフをたくさん見つけることができます。特に山道にひっそりたたずむ猿の子安地蔵は、丸っこい形がなんともいえず、心が和みます。でも服を着ているからか、まるで人間のよう?!

実は白い猿は、当時“さる”と呼ばれていた「熊野の白装束を着た行者」だったという話もあるそうです。「白装束を着た“さる”」が「白い猿」になったんですね。この説も、より信憑性があって、面白いですよね。

「安全な隠れ場所」はさすがに
容易には辿り着けません……。

海を眺めながら、コーヒー休憩。

最後に、湘南らしいところも見ておこうと、タクシーで7,8分ほどの距離にある逗子マリーナで寄り道。「松葉ガ谷」と打って変わって、こちらはまるでハワイにでも来たかような開放感です。
海を望む小坪飯島公園まで散歩すると、かわいいカフェを発見!コーヒーのいい香りに誘われ、休憩をとることにしました。

美味しいコーヒーを淹れてくれたのは、オーナーの隅田さん。
「日蓮聖人ゆかりの地?それなら鎌倉はたくさんあるはず。地元の方で歴史に詳しい方がたくさんいるから、安国論寺とか、話はよく聞きますよ。このカフェは、地元の方の社交場のようになっていて、開放的な土地の雰囲気のせいか、私も、お客さん同士も、すぐに仲良くおしゃべりしちゃうんですよね。だから私、地元情報には詳しいですよ(笑)」
リゾートらしい雰囲気とはいえ、やっぱりここは海の町。隅田さんの人柄や、開放的であったかい土地の雰囲気は、日蓮聖人の故郷・安房に共通しています。

「ここから見る海は、朝と夕暮れが特に最高ですね。ダイヤモンド富士が見えるとかで、カメラマンが殺到することも。あんまりきれいなときは、私も店を開けたまま写真を撮りに行っちゃうんですよ(笑)」
時間を忘れて隅田さんとのおしゃべりしているうちに、窓の向こうに広がる海がオレンジ色に!
慌てて公園に出てみると、ちょうど夕暮れのタイミングでした。名物の富士山は見えなかったものの、旅の最後に、えもいわれぬ美しい風景に出会うことができました!

まるで時間がゆっくり進んでいるような、
のんびりくつろげる場所でした!

“今”につながる歴史を体感しました!

日蓮聖人が暮らした当時の鎌倉は、災害や飢饉によって「骸骨が道に溢れている」状態だったそう。そんな絶望的な状況下で、町民たちのより良い「現実」を願って法華経を広めた日蓮聖人。今回の旅では、都での布教や幕府への提言、ひとつひとつがいかに険しい道のりだったかを知ることで、改めて日蓮聖人のまっすぐな人柄に触れたような気がします。今では「南無妙法蓮華経」のお題目も広く知れ渡っていますが、この“今”は日蓮聖人が奔走した歴史につながっているんですね。
そして、驚いたのは地元の方々の“鎌倉愛”!世間話をすれば、自然に土地の逸話が語られます。この地では、“歴史”が今 も脈々と語り継がれて、生きているようです。だからこそ、今と歴史のつながりを感じやすいのかもしれませんね。

旅のしおり

今回うかがったお寺とお店

妙法寺(鎌倉市大町4-7-4)

安国論寺(鎌倉市大町4-4-18)

法性寺(逗子市久木9-1-33)

鎌倉力車(人力車)(TEL:0467-61-2100)

Cafe KopiLuwak(逗子市小坪5-24-1 TEL:0467-24-657)

営業時間 11:00~18 :00 木曜定休
http://www.cafe-kopiluwak.com/