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最終回

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日蓮聖人が最後に遺したものを知る
ご入滅の地・池上本門寺への旅 !

 池上は“日蓮聖人ご臨終の地”として知られています。日蓮聖人は、61歳の波乱の生涯をどのように終えたのでしょうか。またどのような思いを遺したのでしょうか。その最期を知るべく、池上本門寺と大坊本行寺を訪ねました。

AM5:30池上本門寺の朝勤に参加!

五反田から電車で約20分。池上は、意外にも都心に近い場所にありました。“日蓮聖人ご臨終の地”で有名な池上本門寺を訪ねたのは、まだ夜の明けていない午前5時30分。戦国武将の加藤清正公が寄進したと言われる96段の石段を登り、朝の霧に包まれた境内に足を踏み入れます。

なぜこんなに朝早くに来たのかというと、毎日行われている朝勤に参加するためです。払子(ほっす)を持った祖師像が安置されている大堂に入ると、既に大勢の僧侶の方々と参加者が集まっていました。

ほどなくして大きな太鼓の音がしんとした空間に鳴り響き、読経が始まります。この読経のテンポが…速い!熱心な信徒さんは経本を目で追いながら、僧侶の声に合わせて声を出しています。
私はというと、とにかく目を閉じて、じっと耳を澄ましていました。テンポの速い読経の大合唱に包まれ、すぐに頭の中はからっぽに。何も考えずに、ただひたすらこの空気に身を任せます。
これまで朝勤には何度か参加してきましたが、この「からっぽになる」感じがとても気持ちよくてハマります。

約一時間ほどで朝勤を終えると、既に空が明るくなっていました。

朝のお勤めは、とにかく
清々しい気持ちになります。
まるでお題目で心身を
洗っているよう!

“いのちに感謝”する朝食会

池上本門寺では月に一度、希望者と僧侶で一緒に朝食をいただく「朝食会」が行われると聞き、ぜひ参加してみたかった私。朝勤が終わると、いよいよ朝食会の会場となる大堂下の部屋へと移動します。

食事内容は、おかゆとお味噌汁、そしておしんこというシンプルなものでした。食事前に合掌し、静かにいただきます。食事は普通に食べますが、最後にだけちょっとしたお清めの作法が。食事の最後に、お茶をお茶碗に入れて、お新香で残った物をきれいにそぐようにして、食べるのです。こうして茶碗の汚れも“残さずすべていただく”んですね。

野坂法章上人から「食事は娯楽ではありません。 “食べる”という行為は、修行なのです」という言葉が。普段は深く考える機会がありませんが、食事は「いのちをいただく」行為なんですよね。改めて感謝の気持ちを込めて、食後に「この力を無駄にすることなく日々の勤めに励むことを誓います」と全員で唱えます。

続いて、角田堯韻上人の法話が。 “お坊さんの難しい仏教法話”のイメージとはまるで違い、親しみやすい笑顔とテンポの良い語り口がまるで漫談家のよう!最近のニュースに絡めながら「立正安国論」を分かりやすく説くお話に、皆さんぐいぐいと引き込まれていきます。
「歴史とは、その時代を生きた人々が作り上げてきたもの。まるで織物のように、今を生きる私たちによって、色が模様が現れていきます。つまり、私たちのあり方によって、今、この世間は変わっていくんですよ」

いつも参加されているという林さんは「何十年も通っています。貫首さんも、もう3代知っていますよ。こんなおばあさんになっても、こうしてお参りに来ることができてありがたいことです」と笑顔を見せてくれました。

ゆっくりと法話に耳を傾け、
食べることについて考えを深める
「朝食会」。かなりおすすめです!

池上本門寺をゆっくり散策

朝食会を終えると、すっかり空は明るくなり、
境内は既に参拝者で賑わっていました。まだ境内
をじっくり観ていなかったので、小黒英真上人
に案内してもらいます。

「日蓮聖人のご入滅後、この地の領主・池上宗
仲公が法華経の字数(69,384字)に合わせて約7万坪の寺域を寄進しました。それが、この池上本門寺のはじまりです。
池上本門寺は、昭和20年の空襲でそのほとんどを焼失しています。ですから、今ある建物は比較的新しい建物なんですよ。

戦災を免れた五重塔は、関東に残る最古のものといわれています。1700年頃に、大堂のある中心地からここまで移動したそうです。その際、塔の前の参道を通ったため、この参道の幅が五重塔と同じなんですよ。
また、日蓮聖人のご灰骨を納めているのが、八角堂の御廟所。3つありますが、真ん中が日蓮聖人、左が池上本門寺を継承した第2世の日朗聖人、右が第3世日輪上人のお墓です。
あちらの赤い塔は多宝塔です。日蓮聖人が火葬された場所に建っています。

日蓮聖人は優しい気遣いのある方だった、と私は思っているんです。日蓮聖人が非常にお母様思いだったことはご存知でしょうか。生前、お母様の髪の毛をずっと肌身離さず持っていたそうです。その髪の毛は、大堂の日蓮聖人像が手にしている払子(ほっす)に使われています。そのため、この祖師像は“孝道示現のご尊像 ”と呼ばれます。つまり、日蓮聖人がお母様を思っていた“孝心の精神”を今に伝える像なのです」

日蓮聖人の没後約700年が経った今も、本門寺は美しく維持されていました。その事実が、法華経がたくさんの人の心に、まさに今も生きていることの表れのように感じられます。
また、朝食会や朝勤だけでなく、写経やヨガ、コンサートなど様々な催しを行っているのも池上本門寺の大きな特徴なんだそう。まさに“開かれたお寺”ですね!

余談ですが、五重塔の近くには
たくさんの著名人のお墓が。
私は力道山のお墓を参ってきました!

大坊本行寺「ご臨終の間」で最期を想像

続いて、本門寺のすぐ隣にある大坊本行寺に到着。ここには、日蓮聖人が亡くなった部屋「ご臨終の間」があります。早速、中野日演貫首にお話をうかがいました。

「もともと、この場所は池上宗仲公のお屋敷だったんですよ。御年61歳になった日蓮聖人は、病に侵された体を湯治で癒すために、身延から現在の茨城県へと向かいました。しかし病状が悪化し、旅の途中で立ち寄った、ここ池上宗仲公のお屋敷でお亡くなりになったのです。
身延から池上への足取りを、私なりにまとめた地図を見てください。当時は日蓮聖人の命を狙う輩が大勢いましたから、かなり遠回りをしているのはわかるはずです」
本当だ!東海道の最短ルートは、危険で通れなかったんですね……。

「日蓮聖人は、最後の瞬間まで“ご臨終の間”に残されている柱によりかかり、弟子たちに正しい教えを広げることが国の安定につながるという立正安国論の講義をされたといわれています」
あっ、ご臨終の間にあった竜の彫刻に囲まれた柱。あれ、当時そのままの柱だったんですね。

「息を引き取る最期の様子は、本行寺に伝わる絵を見るとよく分かりますよ。
最後に日蓮聖人は、経一磨(きょういちまろ/後の日像上人 )に都である京都への布教を託したと言われています。経一磨は、当時10代の少年。日蓮聖人は、あえて若い世代に託すことで、新しい時代を築いてもらおうとしたのでは、と私は考えています。また日蓮聖人自身が10代で出家しているため、経一磨に自身を重ねていたのかもしれません。

本行寺は日蓮聖人の“終着点”として知られています。しかし私はこの場所を、法華経の教えが広まった“出発点”だと思っているんですよ」

経一麿はその後、当時の都・京都での布教に邁進し、室町時代には、京都の民衆の半分以上が日蓮聖人の教えに帰依するほどになったといいます。そして、日蓮聖人が弟子たちに託した法華経への思いは、現在まで脈々と受け継がれてきたんですね。

最期を描いた画には、日蓮聖人を
見守るたくさんの人々が。
遺志を受け継ぐお弟子さんたちが
いたからこそ、ここまで教えが
広まったんですね。

名物のくず餅に舌鼓!

池上は「くず餅発祥の地」といわれています。旅の終わりに、名物のくず餅をいただいていくことにしました。立ち寄ったのは、相模屋さん。きさくな店主・山本さん(御歳・82歳!)とのおしゃべりに花が咲きます。

「私の先祖は、相模の者だったんですよ。だから『相模屋』なんです。江戸時代からこの地に移り、先祖代々住み継いできて、私でもう12代目になります。池上にはくず餅屋が3軒ありますが、うちは一番新しいんですよ。それでも、私の代で開業したのが昭和33年ですから、もう60年になりますね」

早速、お店でくず餅をいただきます。もちっりとした歯ごたえがあって、おいしい~!本門寺の僧侶の方々もよく買いにくるそうです。

「私は約80年生きていますが、池上本門寺は小さな頃から親しんだ、なくてはならない存在です。昔から、鐘の音が時計代わり。本門寺には、先祖のお墓が28もありますし、関係も深いですね。
写真にもあるように、この辺りは昔、藁葺きの2階屋が並んでいたんですよ。田舎ですから、簡素なもんです。
戦争中に本門寺さんが焼けたときも、私はここにいました。たくさんの方が亡くなり、町も機能しない状態になって…。でもそんな中で本門寺さんの鐘はすぐに復活しました。あの混乱の中で、ちゃんと鳴らしてくれていたんです。それはよく覚えていますね」

山本さんの人生とともに、池上本門寺の歴史があるんですね。お寺が人々の生活にしっかりと根ざしていることがひしひしと伝わってきました。

本門寺の周囲は、今でも
昔の風情を残す建物があって
観光でも楽しめそうです!

日蓮聖人が願った“法華経の広がり”を肌で感じる旅でした!

千葉の日蓮聖人誕生の地からはじまり、臨終の地・池上までを辿ったこの旅。日蓮聖人の激動の一生を追いかけながら、様々な場所を旅してきました。
お話をうかがった僧侶の方々、信徒さん、そして全国のお寺を支えている地元の方々。たくさんの人々のなかに“日蓮聖人の教え”が生きていました。そして、そういった人々の神聖な思いが集まる場所が、お寺なんだ、ということを再確認できたような気がします
今回尋ねた池上本門寺も、僧侶の方々や林さん、相模屋さんのご主人などなど、多くの笑顔とともに歩んだ歴史がありました。
日蓮聖人が遺した思いを、お弟子さんをはじめとして、多くの人々が受け継ぎ、次の世代へとつないでいった結果が“今”なんですね。改めて“思いをつないだ”多くの人々の偉業に圧倒されつつ、旅を終えました。

旅のしおり

今回うかがったお寺&お店

池上本門寺(東京都大田区池上1-1-1 TEL 03-3752-2331 (代))

※朝勤は朝5:30~参加自由
※朝食会は、毎月第1日曜日、朝勤の後に行われる

大坊 本行寺(東京都大田区池上2-10-5  TEL 03-3752-0155)

相模屋(くず餅)(東京都大田区池上4-25-7  TEL 03-3752-4757)

営業時間 9:30~17:00(売り切れしだい終了)