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心の散歩道

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「子どもに伝えたいこと」

新緑の鮮やかな五月の中頃のことでした。まだ飛び立てないスズメのひなが、庭の溝に落ちて、あえいでいるのを子供たちが見つけました。あまりにも泥まみれなので、洗ってやると弱々しく震えながら、今にも息絶えそうでした。子どもたちも心配そうに見つめています。両手で包んで、はぁーっと息をかけながら、暖めてやりますと、羽が乾き始め、少しずつ元気を取り戻してきたようです。
家内がご飯粒をすりつぶして持ってきてくれたので、それを水で溶いて、スポイトで口に流し込んでやりました。やがて、チイチイと親を呼ぶようになりました。屋根の上では、先ほどから親鳥らしきスズメが、こちらを気にしながら、ギイギイと抗議しています。
玄関へ入れますと、舞い降りてきて中を覗きます。人間の匂いがついたら、親鳥は子育てを放棄すると聞いたことがあるのですが、これなら大丈夫かもしれません。みんなで相談して放してやることにしました。ひな鳥は茂みに隠れながら、親鳥を呼んでいます。親鳥も気にしていますが、警戒してか、なかなか降りてきません。私たちも、なるべく離れた陰からそっとのぞきました。しばらくすると、親鳥は周りを警戒しながらも、少しずつひな鳥の方へ近づいてきました。そしてついに親子の鳥は、くちばしを合わせて、コンタクトをとったのです。のぞいている私たちはよかったねと、思わず顔を見合わせました。ところが、親鳥はつかの間の内に飛び去ったり、また警戒しながら近づいてきたり何度か繰り返していましたが、やがて帰ってこなくなりました。
夕方だったせいか、連れて帰れないとあきらめたのか、他の理由なのかわかりません。このまま夜になると、いつもやってくる猫にきっとやられてしまうでしょう。今晩は家に入れ、明日の朝もう一度放してやろうと、みんなの意見は一致しました。
虫かごに、タオルとティッシュをちぎって敷き詰めた、ふかふかのベッドに入れてやりました。最初ごそごそしていたようですが、落ち着いたのか、うずくまって静かになりました。このひな鳥が、早く大空を飛べるようにと、子ども達が考えて「スカイ」と名付けました。私たちも安心して寝床についたのです。
次の朝はもちろんみんな早起きです。餌をやって放してやろうと、みんなそわそわしています。我先に虫かごをのぞいた、みんなの顔が硬直しました。とても想像がつかなかったことが起きていたのです。「スカイ」は、体を一直線に伸ばして、ぴくりとも動きません。手に取ると、すでに冷たくなっていたのです。それでもおなかのあたりがかすかに暖かいような気がして、何度も何度もさすってやりましたが、二度と目を開けることはなかったのです。あっけない命に、みんなの動揺は隠せませんでした。
寒かったのだろうか、餌が足りなかったのだろうか、そのまま外にほおっておいた方が良かったのだろうか。いろいろな思いを胸に、言葉は何もでません。「外へ埋めてあげようか」と声をかけると、黙ってうなずくだけでした。外へ出ると、親鳥らしいスズメが屋根の上から見守っています。あなたのもとへ元気な「スカイ」を届けられなかったことをみんなでお詫びしながら、昨日「スカイ」が隠れた茂みの近くに穴を掘って、シキミと一緒に埋めてやりました。手を合わせて、お線香を立てていると「私にも一本立てさせて」とお姉ちゃんが言うのです。振り向くと頬(ほほ)に一筋の涙がつたっていました。
小学校六年生になったばかりの女の子が直面した、初めての身近な死別だったのでしょう。テレビゲームのキャラクターが死ぬのとは違う暖かい死別でした。スズメのひな「スカイ」は、きっと私たちに、優しさと命の尊さを伝えに来てくれたのでしょう。
次の日から「スカイ」のお墓には、近くに咲きほこるシランの花が毎日一輪づつ手向けられていました。言葉では伝えられない大切な実体験にこれからも巡り会えますようにと、心から祈りました。