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お坊さんのお話

原顕彰常任布教師法話「いのちに合掌」H24/3/28

原顕彰師は、平成28年5月26日、世寿73歳にて遷化されました。
法号「持法院日毅上人」。謹んで増円妙道をお祈り申し上げます。

原顕彰常任布教師プロフィール:北海道函館市本行寺住職

【座右の銘】
「心みに心みよ」(立正安国論)

【得意分野】
高座説教よりは講演、または対話形式の方がよい。

【コメント】
生まれてから10才まで、三度、養子に出され、10才で出家した。故に「がまん」強く、他人の心を汲みとることだけは他の人よりは少しは勝っていると思える。教育大学で心理学を四科目履修(一般心理、教育心理、異常児心理、青年心理)。

【お題目】

私は、北海道の函館本行寺の住職をしております原顕彰と申します。

現在、宗門では「いのちに合掌」という運動を展開しております。今日は日蓮宗の宗徒として、このスローガン実践の前に、基本的にはどのような心構えを持ったらよいかということを私なりに考えお話させていただきたいと思います。
ここで今日、私が一番申し上げたいことは、それは、私たちは常日頃、法華経をお上げしていますが、特に「お自我偈」一番大事なお経ですが、そのお自我偈の中に

而実不滅度 常住此説法

というお経文が出て参ります。「しかも実には滅度せず。常にここに住して法を説く」と。
お釈迦様は常にここにおられて法を説いている、ということですが、それでは私たちは現実にそのお釈迦様の法を一度でも聞いたことがあるのかと問われますと、いや恥ずかしながら私自身でさえ、聞いたことがないんです。
お自我偈に説かれたんですから、それが本当のことでなければなりません。私たちもそのお自我偈でいう「常住此説法」とお釈迦様の説法を一度でも聞いていなければならないんですが、聞いたことがない。これは大きな問題ではないかと思うのです。

ただ、私自身考えますと、お釈迦様の説法というのは耳にしたことはないんですが、色々亡くなった人たちの声とかを聞いたり、また、不思議な体験というのは結構あります。しかしその亡くなった人の声を聞いたり、不思議な体験をするというのは現在はあまりないです。
それではいつ聞いたのかといいますと、私は小学校4年生でお寺へ養子に参りました。その小学校、中学校の頃の本当に純粋な心を持った、そういう時にこそ、亡くなった人の声とか不思議な体験、そういうものを経験しているんですが。

例えば、子供の頃に御檀家さんと一緒に寒修行して終わって来まして、茶の間でみんな夕食を食べておりました。昔は茶の間の干し物竿に干し物を干しておりましたが、その竿が半分だけ「ガタガタガタ」と揺れたのであります。
私はその竿を指さして「あーすごいね」と言って指さしているんですが、その音を聞いているのは、12、3人の寒修行の方が居ったんですけど、2人か3人だけだったのです。
「あ、本当に若さん揺れてますね」って言うんですが、残りの7、8人の人は「いや、何も揺れてないよ」とキョトンとしている。竿の半分だけが揺れる。しかもそれが「ガタガタガタ」と揺れるんですが、半分の人たちは「いや、そんな音聞いていないし、竿自体が揺れていない」と、そういうことがありました。

また、私の叔母は主人を早く亡くしてひとり身で、子どもがいなかったんです。それで自分が死んだら、跡を頼む、供養して欲しい、ということだったんですが。ある朝、真っ暗闇から白い布に包まれた御骨箱が飛んできたんですね。ふっと夢の中で。そして頬ずりをする。
普通、御骨箱に頬ずりされたらゾッと寒気がするんですけど、そうじゃないんです。可愛がっている犬か猫が自分の顔に頬ずりをしているように、懐かしく温かく感じたんです。目が覚めますと、その叔母が亡くなった、という電話が、すぐ入りました。

また、函館には大火が多いんですが、昭和9年の大火で2200人の人が亡くなった。ある川で、昔は、橋は全部木で造った橋ですから、火によってその橋が焼け落ちちゃうんですけど。それでも火に追われて来た人たちがドンドンドンドン川に入って亡くなっていく。
それで、そこに慰霊堂というのが建てられたんですけど、その慰霊堂で仏教界の慰霊祭を行った。そうして、丁度、川向いにもうちの同じ大火で檀家が亡くなったところがありまして。その川向いの檀家に行くために衣を着たまま、三十三回忌法要だったんですが。それで、川の真ん中まで行きましたら、突然、右足が動かなくなったんです。
小学校の5年生で、まだ子供だったものですから、先代の住職を呼んで、来てもらったら「ここでたくさん亡くなったんだからお題目を三回唱えなさい」と、子ども心に「南妙法蓮華経、南妙法蓮華経」と三回唱えましたら、右足が嘘のように動くようになった。

このように、子供の頃には色々亡くなった人の声を聞いたり、不思議な体験を経験しているんですけれども、大人になればなるほど、だんだん経験しなくなってしまった。これは私の心に欲が出たり、怒りの心や嫉妬の心などの三毒が邪魔したり、いろんなことで自分の心が汚れたり汚れてきてしまって、そういう亡くなった人の声も聞かなくなったり、体験もしなくなったんではないかと思います。

やはり心を清めるというのは大事なことかと思います。お釈迦様もスッタニパータという一番古いお経の中に、「世は燃えている。心を静めよう」ということを説かれております。
「世の中が燃えている」とは、家が燃えているのか、山が燃えているのか、とそうじゃないんです。家や山が燃えているわけじゃない。
人の心が燃えている。煩悩の心、嫉妬の心。そういう三毒の心で世が燃えている。心が燃えてて、本物の心がなくなって見えなくなってしまっている。ですから、心を静めて、本物の世の姿を見なさい、という戒めの言葉です。

私たちはなかなかそういう心を無にしたりすることもできないのです。心を無にして子どもの頃に帰るためには、やはりもう一度、心を無にしたり、生きがいを持ち、人生の目的を持つ必要があると思うのです。また、もう一つは、死の覚悟をすること。日蓮聖は教えられておりますが。「まず臨終のことを習うて、後に他事を習うべし」というお言葉ございます。
死の覚悟をまずすると。
それから生きがいを持つ。
自分の生きる目的っていうのを持つ。その人その人によって生きがいも大、中、小あると思いますが。

小さい「生きがい」の一つの例え話ですが。私は、生活保護施設を、今100人収容している施設の方の世話をしている。生活保護施設ですから、誰も身寄りがないという人たちが多いんです。そういう人達が亡くなると簡単な葬儀をして、そうしてお骨を無料で預かってあげている。
お礼にっていうので、お寺の草取りをそこの元気な人が2、30人来ては、一ヶ月に一回来てやってくれる。それがお骨の預かり料、だって言ってるんですが。

ある時、その収容者の1人、お婆さんが当時ですね、500円ずつ小遣いをひと月に一回もらう。もらった小遣いを、皆は「今日はジュースを買う」「みかんを買う」とか言って元気な人が店に行って買ってくるんですけども、そのお婆さんだけは、その500円をもらとすぐ枕の下に隠してしまう。
何回やっても500円もらうとそれを隠してしまう。ある時、施設長さんが「おばあちゃん、おばあちゃん、そんなお金なんか死ぬ時は持っていけないんだから。皆がこうやって一緒に、楽しんで飲んだり食べたりする時に、一緒に買ってもらったりして、飲んだり食べたりしたらどうか?」こう言いましたら、
「いやいや、私は死ぬ時にしたいことがあるからお金を貯めている。」
「なんなのかね?」と聞きましたら、
それはその生活保護施設は当時は、死ぬと座棺。丸いお棺に「押し込められる」。足を折ってそうして座って、座ったままでお棺の中に入んなきゃダメで。
「あれが嫌で私はじーっと小さい時から、あっちに貰われこっちに貰われ、いろんな窮屈な思いをしてきてのびのびとした気持ちで暮らしたことがないんだ」と、「だから死ぬ時だけでも、寝棺と言って、今は全部寝棺なんですけど。寝てお棺に納めてもらおう、その寝棺にして欲しいんだ」と。
聞くところによると、その寝棺にしますと生活保護のお葬式代が出ない。ですからお棺のお金から、火葬のお金から埋葬のお金。全部自分が出さなきゃならないので、そのために自分は貯めているんだと言うのです。お婆ちゃんにとっての生きがいっていうのは、要するに寝棺でゆっくり寝て死んでいきたいと、それだけが生きがいだったんです。
私は子ども心に「あー、人の生きがいとか、幸せっていうのは、これでもよいのかな」と、何も偉くなったりお金持ちになったり、有名人になったりとそれだけが生きがいじゃないと、こうやって5年も10年ももらった500円を枕の下に隠してまで寝棺で死んでいきたい。これもまた人生で、これもまた、小さな生きがいなのかなと。

その人その人に与えられた運命、道があります。どんなに偉くなろうと、どんなにお金持ちになろうと思っても、なれない人の方が多い。そういう人達はじゃぁどういう生きがいを持っていくか。
今のお婆ちゃんのように、こういった寝棺で死んでいくのが生きがいだと。それもまた認めてあげなきゃならないんじゃないかなと思います。

私たちも同じです。そういう生きがいとか、自分自身の生きがい。自分のできる範囲内の生きがい。人生の幸せ。それと心を無にすると。また最後の死の覚悟をすると。

日蓮聖人は「まず臨終を習うて、後に他事を習うべし」と、おっしゃられます。死ぬ時の覚悟。御檀家さんだけじゃなくて。私たち自身が死の覚悟をきちんと決めてから、それから毎日の生活、というのを考えなきゃなんない。その手本をしてみせなきゃ、とも思うのであります。

そして、この心を無にして生きがいを持って、死の覚悟。これができますと、先程、忘れてしまったという子供の頃のあの純粋無垢な心。亡くなった人の声が聞こえたり、不思議な体験をする、ああいう心にまた帰れるんではないかと。
こういう心になって始めて、冒頭申し上げました、「常住此説法」、仏様の説法する声が聞こえてくるのではないか、と。亡くなった人の声、不思議な体験、それどころかお自我偈に説かれているこの「常住此説法」、ずーっと何千年も何万年も前からお釈迦様がここにおられて法を説かれている。

法華経は仏教で最高の教えです。この最高の教えの真髄がお自我偈。お自我偈の中に出てくる「常住此説法」。
私たちが、それを、現実のものとして受け止めて、現実、お釈迦様の説法を聞くようでなければ、この法華経のお自我偈というお経は、偽物になっちゃう。お釈迦様は嘘つきになっちゃう。
私たちは、ですから一生に一回でもこの仏様の説法を、確かに聞くという義務があるのじゃないかなと。それこそが私たちに与えられた人間として生まれてきた、自分たちの一番の義務でないのかと思うのであります。
法華経を信仰する。日蓮聖人の教えを継ぐ、私たちの義務ではないかと。仏様の説法を聞く、そういう義務があるんだと、そう思うのでなければ、冒頭の「いのちに合掌」の宗門のスローガンも生きてこないと思うのであります。

日蓮聖人、波乱万丈の人生を送られて、身延の生活に入られて初めて、心静かに、山や川や自然界の姿を静かに眺められたんでしょう。
その折のお言葉が「吹風も、ゆるぐ木草も、流るる水の音までも、此山には妙法の五字を唱へずと云ことなし。」と。
日蓮聖人にとっては、吹く風も木草が揺れる姿も流れる川の水までも、仏様の説法に聞こえる。それどころか日蓮聖人は、そういう仏様のさとりの境地になられて、身延での生活を終えられたんじゃないかなと思うのであります。
ですからこそ、私たちは、折角このもらった人間としての命を、日蓮聖人の教えお釈迦様の教え、この世を仏国土に変えると、そういう大理想に向かって行かなければならないのであります。私たちは、法華経に説かれる「仏性」。お互いの仏性に「いのちに合掌して」、この大きな目的、仏国土建設、という目的に向かって邁進していかなければならないと、そういう義務があるんではないかと思います。

私は日蓮宗のこの「いのちに合掌」の運動の展開以前に、日蓮宗宗徒として、こういう心構え、「常住此説法」の仏様の説法を一度でも聞くという、心構えでいなければならない、ということをお話させていただいた次第でございます。お題目を三唱しまして、法話を、終わらせていただきたいと思います。

【お題目】