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お坊さんのお話

稲垣宗孝常任布教師法話「いのちに合掌」H24/3/28*

稲垣宗孝師は平成24年4月10日をもちまして、常任布教師を退任されました。長年のご協力誠にありがとうございました。

稲垣宗孝常任布教師プロフィール:岡山県岡山市正福寺院首

お題目をー唱お願い申し上げます。

【お題目】

正福寺の院首をしております稲垣宗孝と申します。

正福寺では保育園を経営しております。「たちばな保育園」と申します。
食事になりますと子ども達の中でリーダーが「姿勢を正しましょう。手を合わせましょう。ご挨拶を致しましょう。いただきます。」と指示をし、終わりますと、同じ作法で「ごちそうさまでした」と挨拶します。
午前、午後のおやつの時を含め一日三度この挨拶をしています。

この「合掌」ですが、そもそもは、インドで仏様や菩薩に対して敬意を表するための礼儀作法でありました。
それがインドとともに東南アジアの方面では日常生活の中に溶け込んで挨拶になっているようですし、我が国では、仏教の信行作法以外では、食事の作法とし定着しているようです。
考えてみれば、動物でも、魚でも、植物でも、その命をいただいて生きているわけですから、命に感謝して合掌することは、非常によい習慣で、これまで同様これからも続けて行くべきだと思います。

ところで、この命ですが、動物や植物は人間等に食されることにより、その命は尽きると思われています。もっとも、食される動物等の供養を行う場合もありますので、一概に、なくなってしまうとも言えないのでしょうが、感覚として、それらの命が、魂として死後も存続するとは考えにくいでしょう。
ところが、人間は亡くなっても、命が無くなったとは考える人ばかりではない。心の中にある仏性、仏の命は永遠であると信じている人々もいます。人間に宗教があるのはそのためです。

例えば、法華経、知来書量品第16の中で「例え大火に焼かるると見る時も、我が此の土は安穏にして…」とありますように、「大火に焼かれるような苦しみの中でも、仏の命に入れば安穏である」とお釈迦様は仰っておられます。
人世の諸々の苦しみから離れて、仏の世界に入れば永遠の命が約束される、だから人間の魂は死なないと仰せなのでしょうが、そうなんだけれども、やはり、肉体の死は人間の苦しみの中で、一番重いものです。
死んでしまえば、妻も子どもも、財産も全て消えてしまう。だから一時でも長く生きたいと言うのが人間の情です。
従って仏の世界に入れば死なないんだと言われても、身体のある限り死にたくない。これが人間の本心でしょう。

そこでお釈迦様は、繰り返しますが、人生には逃れることのできぬ「老病死」の苦しみがあるんだと仰っています。
ところで、若い方等の中には、「生まれてめでたいと思っていたら、その後にすぐ老病死がくっついているので暗いなあ」と思う人があるようです。感覚としてそのような気持ちになるかも知れませんが、これは間違いで、お釈迦様は「人は生まれればめでたいけれど、その後は、喜びや悲しみ、楽しみや苦しみ色々なものが混ざり合って老年を迎えるんだ。そして、そこに行くまでに亡くなってしまう方もあるけれども、そして、何とか老年を迎えても、次いで病と死が訪れる。ですから、人生に老病死は当然で、むしろそれをちゃんと認識して生きなさい」と仰せになっています。
それでも、そのようなお釈迦様の戒めを知りましでも、なかなか本当に納得できないのが我々です。特に若いときは、健康で適当にお金もあり、家族も元気で、仕事も何とか進んでいれば、そのようなことは考えようとしません。
また、色んな勉強や修養を積んで、人生を理解していると思われているような人でも、なかなか自分の心の仏性、命を見ようという所までは行きません。残念ですが。
しかも、自分が逆境になったときでも、お釈迦様の仰っていること素直に信じ切れるかどうか。難しいのも事実です。
しかしながら、また反面、ちょっと見れば平凡な方が、例えば大病になったとして、あわてふためいて泣き悲しむかというとそうではなく、堂々とした、穏やかな最後を迎える方もおられます。

これは、平成1 7年のことです。例えばKさんとしましょう。
お寺の檀家のKさんが亡くなられたのは6 7歳でした。
お母様と2人暮らしで、地元では大きな規模のデパートに勤めておられました。そのころは仕事も忙しく、なかなかお話しをすることもできませんでしたが、お母様の葬儀の際、引導文の中に私が母上の思い出を書いていたものですからそのことを「結構な文( おふみ) をいただきありがとうございました」と大層喜ばれ、その後仏事を通して話す機会が多くなりました。
中学卒なんですが、それで課長までなられました。しかも女性でその地位につく人は少ないそうです。努力に加え並みの能力ではなかったのでしょう。
そのKさん、お母様の亡き後は、時間が出来たのでしょう、短大へ行ったり、海外旅行をしたり、悠々自適の日々でしたが、「好時魔多し」と申しますか、60歳頃になって膵臓を患われました。始めは内科治療でしたが、遂に癌に移行、66歳の時、手術をすることになりました。
膵臓癌というのはなかなか回復が困難と言われています。本人も一心に回復を願い信仰をしておられましたし、私も力一杯祈念を致しました。
手術は成功し退院をされ、しばらくしてお寺にお参りになりました。明るく話されるものですから、膵臓癌は延命が難しいといわれているが、案外これは良くなるのではないかと思っていましたら、半年後、遂に亡くなられました。
もうお母様も亡くなっておられますので、身内の人は誰もいません。ただお一人です。どんな葬儀になるかと思っていましたら、なんと200人を超える方々が会葬され別れを惜しんでおられました。多くの方々とよほど深い親交があったのでしょう。
まもなく職場の上司であり、Kさんの姉のような方である浅野様という方が、葬儀のお礼に来られまして、故人の遺言だと言って、かなりの大金の寄附をされました。お寺の修理の使おうが、仏具を求めようが使途はご自由にとのこと。
驚きました。果たして、頂いていいものかと思案をしていますと、浅野さんは、「これは彼女が手術を受ける前に私も手伝い、世話になった方々へ遺品分けをするときに、お寺に持参するように言われていたものですので、何卒お納め下さい」と念を押されましたので頂戴いたすことにしました。本当に感慨無量のものがありました。
手術前には既に自分は死ぬと思っておられたのでしょうが、出来るだけ明るく振る舞っておられました。私も、一時は回復されるのではと思ったほどです。
だけど亡くなられました。その時には既に死後の用意がしてありました。気丈夫で潔い方です。
ですけれども、やはり私は、彼女は毎夜毎夜、涙を流しながら、命のはかなさを恨んだと思います。

お釈迦様は法華経、知来書量品第十六で「常に悲感を懐いて心遂に醒悟す」と仰せになっておられますけれども、恐らくKさんは、涙に洗われた目で、心の中の仏性を見つめ、それを仏の命と確信されたのでしょう。そして、自分の心の中にある仏の命に合掌して、亡くなる何日かの日々をすごされたのではないかと思います。
人生67歳の他界は今日では惜しみの多い年令です。今や、90歳や95歳の人もかなりおられます。しかし、お釈迦様の目から見れば、90歳も100歳も一瞬です。長寿は結構ですが、大切なのは、仏様から頂いた命を生かす生き方が出来たか、身体が亡くなっても、その命は来世で修行できるという確信が得られるかどうかだと、Kさんの生きざま、死に様を見て、私はつくづくと考えさせられます。

「いのちに合掌」「命に合掌する」と言うことは、私達が自分自身の心に向かい合掌することで、心の中に「仏性・仏の命」があることを自覚することだと思います。なかなか自覚できなくても、それを念じ、その思い、動作を繰り返すことで仏の命が備わっていることを信じようとすることでしょう。

そして、お釈迦様は「全ての衆生に仏性あり」と仰っているわけですから、自分のみならず、みんな仏性を持っている。仏の命を持っていることになります。ですから、挨拶の時合掌し会う、東南アジアの作法は、お互いの仏性を拝んでいることになるのでよい作法だと思います。

先ずは、自分の命に合掌し、次は自分に近い方々、即ち家族の命に合掌、そして、地域の人々の命に、さらに社会の人々へと広げていくような心になればどんなにすばらしいかと思うこの頃です。

ご静聴感謝します。お題目一唱お願いします。

【御題目】

ありがとうございました。