ゼロから学ぶ日蓮聖人の教え

この世を仏の世界に!

立正安国論

【りっしょうあんこくろん】

日蓮聖人の代表的著作である『立正安国論』(りっしょうあんこくろん)は文応(ぶんおう)元年(1260)、鎌倉幕府に提出されました。当時の日本は、正嘉(しょうか)元年(1257)の鎌倉大地震を皮切りに、天変地異、疫病の流行、飢饉などの災害に次々と見舞われていました。そのような苦しい時代にあって、あるべき政策を提案した檄文(げきぶん)が、この『立正安国論』です。

全体の構成は一種の「ドラマ仕立て」になっており、旅人と宿屋の主人との対話を通して話が進みます。その問答は、宿に立ち寄った旅人が、近年の災害の惨状を嘆くところから始まります。

「ここ最近、天変地異、飢饉、疫病が蔓延している。牛や馬がいたるところで倒れ伏し、骸骨が道に山積みになっている。大半の人々が亡くなってしまい、このことを悲しまないものは一人としておりません」

この嘆きに対して宿屋の主人は、数々の仏教経典を引用しながら「今の人々は仏教をないがしろにしているようです。だから神々は守護をやめて天上に帰ってしまい、この世はこうして荒廃し、災害が続いているのでしょう」と述べます。これが「善神捨国論(ぜんじんしゃこくろん)」と呼ばれる、有名な思想です。この「善神捨国論(ぜんじんしゃこくろん)」は、現代では迷信のように感じられるかもしれませんが、不可知(ふかち)の存在への畏敬(いけい)の念を忘れて倫理観を失い、人間中心のエゴから自然破壊・環境問題が引き起こされ続けている今の時代においてこそ、見直さるべき思想でありましょう。

この主人の意見に対し、旅人は「仏教がないがしろにされているとは思えない」と反論します。そこで主人は、当時流行していた、浄土宗の開祖・法然上人(1133-1212)に端を発する「専修念仏(せんじゅねんぶつ)」について言及します。

専修念仏(せんじゅねんぶつ)とは、あらゆる他の信仰や修行を捨てさり、ただ念仏を唱えて極楽浄土に往生することだけを唯一の救済とみなすものです。法然上人の著作『選択本願念仏集(せんちゃくほんがんねんぶつしゅう)』によって説かれ、鎌倉時代に爆発的に流行しました。ところがその流行が行きすぎた結果、念仏以外の仏教が極端に軽視されるようになってしまい、主人によれば「ありとあらゆる教えや神仏をないがしろにする」風潮が蔓延してしまったということです。それが社会の荒廃や混乱の元凶だと、主人は主張します。

これを聞いた客は、「それでは、まずそうした信仰の混乱を収め、社会の治安・秩序を回復させましょう。そしてあらためて、社会の根幹とすべき仏教がどうあるべきかを見極めましょう」と提案します。

これに主人は賛同し、「そうしなければ、更に災難は続くことでしょう。なぜなら、仏教経典に予言されている様々な災難のうち、ほとんどは既に起きているものの、他国からの侵略(他国侵逼難(たこくしんぴつなん))と国内紛争(自界叛逆難(じかいほんぎゃくなん))の二つだけは未だ起きていないからです。このままいけば、この二つもきっと起きてしまうでしょう」と警告します。なお、この警告は後に文永十一年(1274)年に起きたモンゴル軍の襲来「元寇」と、文永九年(1272)に起きた北条氏一門の内紛「二月騒動」によって的中することになります。

さて、「信仰の混乱が収まり社会秩序が回復したら、あらためて、社会の根幹とすべき仏教が何かを見極める」……ということですが、根幹とすべき仏教とは何になるのでしょう。その答えを暗示させる台詞を、主人は口にしています。

「あなたも早く、その小さな心を改めて、すぐに「実乗の一善」に帰依しなさい。そうすればこの世は、衰え壊れることのない仏の国、宝の土地になるでしょう。」(原文:汝早く信仰の寸心を改めて、速やかに実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国也。仏国其れ衰へん哉。十方は悉く宝土(ほうど)也。宝土(ほうど)何ぞ壊(やぶ)れん哉。)

「実乗(じつじょう)の一善」(仏の道を行く真実の乗り物、唯一の善い教え)とは、『法華経』を指しています。『法華経』は、一見苦しみに満ちた、我々が生きるこの世界にこそ、永遠の仏が住む真の浄土が実現する、という教えを主題とする経典です。だからこそ「立正安国」、つまり「正しい教えを立て、安心安全な国を作る」という、本書が掲げる理想に最もふさわしい経典と言えましょう。

先にも述べた通り、当時は専修念仏(せんじゅねんぶつ)が一世を風靡(ふうび)し、現世より死後の幸福に期待する(極楽浄土への往生)、という信仰が主流でした。その中にあって日蓮聖人は『法華経』を中心として、「我々が生きるこの現世を、仏の浄土とする」という新機軸を、本書によって打ち出したと言えます。

この日蓮聖人の新しい主張は、仏教の本義に基づくものであるとはいえ、その舌鋒(ぜっぽう)の鋭さから賛否両論をまきおこすことになります。

『立正安国論』は幕府に無視されたばかりか、これを契機として聖人は数多くの攻撃や迫害を受けることになります。しかしその後、本書の警告通りに他国侵逼難・自界叛逆難が現実化したことから、その先見の明と正しさが名実ともに明らかとなり、一方で聖人を支持する人々も増えてゆくことになります。

日蓮聖人は本書を晩年まで増補改訂し続け(その増補改訂版は「広本(こうほん)」と称されます)、最期の門弟への講義でも取り上げるなど、生涯に渡って重んじました。

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