ゼロから学ぶ日蓮聖人の教え

目を開き、誓いを立てる

開目抄

【かいもくしょう】

文永(ぶんえい)九年(1272)に完成した『開目抄(かいもくしょう)』は、日蓮聖人の著作の中でも最長にして代表作と呼ぶべき一編です。

幕府の偏った宗教政策や、当時の仏教界の腐敗を厳しく批判していた日蓮聖人は、たび重なる弾圧や迫害を受けてきましたが、とうとう文永八年(1271)の9月12日に逮捕され、鎌倉は龍口(たつのくち)の刑場にまで連行されます。処刑は寸前で中止になりますが、代わりに佐渡に流刑(るけい)とされてしまいました。

当時は極寒の地であった佐渡の地において、日蓮聖人は更に思索を深めていきます。その目的は、あらためて自分の『法華経』信仰の正しさを立証した上で、その信仰を守っているはずの自分が苦難を受ける理由について、弟子たちに、そして自分自身にも納得のいく答えを出すことでした。こうして、人々の「目を開く」べく書き上げられた書状が『開目抄』です。その送り先は、処刑場に駆けつけ涙した高弟の四条金吾(しじょうきんご)でした。

『開目抄』の冒頭部は、あらゆる生きとし生きるものが自分の主人として・先生として・親として尊敬すべき人物は誰か、その教えとは何かを探る問いから始まります。そして、孔子の儒教(じゅきょう)・インド哲学・釈尊の仏教を中心に、当時の通念では全世界に渡っての、あらゆる思想・宗教の比較が試みられます。その結果、過去・現在・未来を広く見通し、その生死の苦しみを超克する「悟り」つまり「成仏」を説いた、釈尊の仏教が一番である、そしてその仏教の中でも、成仏が万人に可能なものであり、仏の世界が永遠不滅たることを説いた『法華経』が特に優れている、と結論づけます。

その『法華経』を広めたことで、私日蓮は幾多の難に遭ってきたとして、今度は日蓮聖人自身の回顧(かいこ)・内省(ないしょう)へと話題が移ります。このたび重なる受難について聖人は、『法華経』の勧持品第十三(かんじほん)に、釈尊の没後に「恐怖の悪世」(くふのあくせ)が到来するが、その中で苦難に耐えながら『法華経』を広める者が現れる、と予言されている点を指摘します。私の苦難の連続は、この予言の実現だったのだ。私日蓮は、『法華経』の記述を実現する「『法華経』の行者(ぎょうじゃ)」である、との自負が、ここに示されました。

しかし、ここで新たな疑問が生じます。確かに『法華経』には「この経を広める人は必ず苦難に遭う」と説かれているが、同時に、その人は天に守られるとも随所に説かれています。

では、なぜ私日蓮は天に守られず、苦難を受けるばかりなのか。

この問いを抱えつつ、更に『開目抄』の思索は深まっていきます。その中で、『法華経』の記述に対する徹底的な検証が再度行われ、釈尊が『法華経』を広めるべしという要請を五度にも渡って発していることが確認されます。

この釈尊の要請に応える「『法華経』の行者」こそ、私日蓮その人なのか、しかし「『法華経』の行者」は天に守られるはずだが、私は守られぬまま、苦難を受けている。そこで改めて、先に示された問いに、いよいよ応えることになります。

その答えとは、「私が天に守られず苦難を受けているのは、あえて苦難を受けることで、過去に犯した罪の償いとするため」という論理でした。「たとえば鉄は、よく鍛えるほど隠れていた傷が露わ(あらわ)になる。麻の実はよく絞るほど油がとれる。それと同じで、『法華経』をよく布教するほど過去の罪が明らかになり、その償いとして、あえて苦難を受けてきたのだ」と、聖人は述べています。

こうして『開目抄』には、痛切な懺悔(さんげ)の思いが綴られることになります。とかく「攻撃的」「独善的」というイメージを持たれがちな日蓮聖人ですが、その思想の中心が、実はこうした深い自省の上に立てられていることは、忘れてはならない事実でしょう。

その懺悔の中で聖人は、『法華経』常不軽菩薩品第二十(じょうふきょうぼさっぽん)に説かれる不軽菩薩の故事を引いています。この不軽菩薩は出会う人全員を礼拝し、「私は深くあなたを敬います、あなたもいつか仏に成られる方ですから」と告げて回ったという、『法華経』の心ともいうべき万人成仏の教えの実践者でした。しかし彼の行動は当時の人々から奇異の目で見られ、たび重なる迫害を受けたといいます。聖人はこの不軽菩薩も自分と同じ境遇だったのかもしれないと推測しつつ、そこに自分の姿を重ねています。

なお、この不軽菩薩は、宮沢賢治の詩『雨ニモマケズ』のモデルとしても知られています。

以上のような内省と懺悔を経て、聖人は再び釈尊に向き合い、「我日本の柱とならむ、我日本の眼目(がんもく)とならむ、我日本の大船(たいせん)とならむ」という誓いのもと『法華経』を広めていこうとの決意を新たにします。こうして本書は、軋轢(あつれき)を恐れない強い姿勢での布教(折伏)を続けることを宣言し、明るい未来への展望を暗示して幕を閉じます。

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