ゼロから学ぶ日蓮聖人の教え

日蓮仏教の核心

観心本尊抄

【かんじんほんぞんしょう】

『観心本尊抄』(かんじんほんぞんしょう)は、正式な題を『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』(にょらいめつごごごひゃくさいしかんじんほんぞんしょう)といい、日蓮聖人がその独自の教えを説き明かされた主著です。本書は文永(ぶんえい)十年(1273)に成立し、前年に書かれた『開目抄』(かいもくしょう)が聖人の人間性を明らかにした「人開顕」(にんかいけん)の書と称されるのに対して、こちらは聖人の法門(教え)を明らかにした「法開顕」(ほうかいけん)の書として位置付けられています。

本書ではまず、天台宗開祖・智顗(ちぎ)の『摩訶止観』(まかしかん)に説かれた「一念三千」(いちねんさんぜん)の教理が紹介されます。一念三千とは、地獄から仏の世界までのありとあらゆる世界が、お互いにつながりあいながら総計三千の世界を形成している、この仏の世界(仏界)を含んだ三千世界が、一瞬の心の動きに内包されている、という論理です。したがって、誰のどんな心の中にでも、仏の世界「仏界」が存在するわけです。

しかし、これは容易には信じられません。はたして我々の愚かで汚れた心の中にも、最高の仏界が存在し得るのでしょうか。

そこで日蓮聖人は、釈尊の悟りのすべて、すなわち仏界の様相が『妙法蓮華経』(『法華経』)に余すことなく解き明かされていることを指摘します。つまり、仏界は「妙法蓮華経」というたった五文字の形に集約されて、我々の目の前に具体的に表れているのです。ですから、「妙法蓮華経」の五字の題目(だいもく)を我が心に受け持つことは、仏界を我が心に受け持つことと全く同じことになります。そこで、この五字に「帰依(きえ)する」「信じて心に受け止める」という意味のサンスクリット語「南無」(なむ)をつけて「南無・妙法蓮華経」とお唱えする、というわけです。

ここで重要な意味を持つのは、『法華経』の特に後半部です。現実問題として、釈尊はとうの昔に亡くなっており、それ以来この世は仏のいない時代が続き、仏界の存在も教理の上でしか認められなくなっています。

しかし『法華経』後半部の如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)第十六には、釈尊は人々の自立を促すためにあえて姿を消しているだけであり、実は久遠(永遠)の寿命を持ち、遠い過去から未来に至るまで、常に仏界を展開させ続けると説かれています。

こうして釈尊が「久遠の仏」という本来の姿を明かしたことから、『法華経』後半部は「本門」と称されます。この「本門」によるならば、仏は過去に亡くなったものでも、未来に出現するのを待つべきものでもない。仏は生き続け、その世界を展開し続けている。こうして今も生き続けている仏界ならば、我々は「南無・妙法蓮華経」によって我が心に受け止め、我が心に活かすことができる。すると我々は仏と一心同体の境地に至れる、これが「南無妙法蓮華経」と唱えることで果たされる「成仏」であると、本書は述べています。


①宝塔 ②釈迦牟尼仏 ③多宝如来 ④上行菩薩 ⑤無辺行菩薩 ⑥浄行菩薩 ⑦安立行菩薩

ここで、「本門」が説かれた様子を、『法華経』の記述を基に確認してみましょう。釈尊は空中に浮いた宝塔(ほうとう)の中で、過去の仏である多宝如来(たほうにょらい)と並んで座り、太古の昔に教化した大勢の菩薩(ぼさつ)たちを大地の下から呼び出しました。この地中から涌き出てきた菩薩たちを「地涌菩薩」(じゆのぼさつ)と呼びます。そして自ら久遠の仏たることを宣言した上で、この本門の教えを広めるよう、地涌菩薩たちに命じました。

この時の久遠仏のすがた、つまり釈尊と多宝如来が並び、地涌菩薩(特に、その先頭に立つ上行菩薩・無辺行菩薩・浄行菩薩・安立行菩薩)を従えて、「妙法蓮華経」という五字の真髄を明かしたというその姿を、日蓮聖人は本書において「本尊」として定めました。

こうして日蓮聖人は本書『観心本尊抄』において、心の観察「観心」の論から発展した「南無妙法蓮華経」の題目と、その論拠となる本門に基づく「本尊」とを明かされました。この題目・本尊は、先に見たように、地涌菩薩たちに託された仏法でした。

では、地涌菩薩はいつ出現し、題目と本尊を広めるのでしょうか。

『大集経』(だいじっきょう)というお経によると、仏の死後には五百年ごとに仏教の衰微が進んでいき、五番目の五百年間の始め……つまり「如来滅後・五五百歳始」には、「末法」(まっぽう)と呼ばれる最悪の時代が到来します。

日蓮聖人は、その末法が到来し万策尽き果てた時にこそ、いよいよ地涌菩薩が出現し、究極の法門である題目・本尊を広めるだろうと確信しました。

さらに一歩進んで聖人は、自身の生きた時代を「末法」と捉え、自ら地涌菩薩の先頭として、その任務を遂行しようとされたのです。


※本書脱稿後、三ヶ月を経たずして聖人自身が図顕した「本尊」(遠沾院日亨臨写)。

一覧へもどる