第26章
●法華経の行者守護の働き
陀羅尼品
【だらにほん】
「陀羅尼(だらに)」とは、一語の中に無量の徳・無量の義を含み、秘密の力を発揮する呪(しゅ・まじない)のことで、本章では、薬王(やくおう)・勇施(ゆうぜ)の二菩薩、仏法守護の四天王のうち北の毘沙門(びしゃもん)・東の持国(じこく)の二天、十羅刹女(じゅうらせつにょ)および鬼子母神(きしもじん)とその子たちの、五種類の菩薩・天王・善神たちが陀羅尼呪を説き、法華経の信行者を守護することを誓います。
法華経を受持する者の功徳と、この守護の誓い、そして法華経信行者を守護することの功徳が説かれていくのが、第26章陀羅尼品です。
法華経を受持する功徳の大きさ
本章は、薬王菩薩がお釈迦さまに対して、法華経を受持することによって得られる功徳について尋ねることから始まります。この問いに対してお釈迦さまは、法華経をたとえ一句一偈(いっくいちげ)であっても、受持し、読誦(どくじゅ)し、その意味を理解し、教えのとおりに修行するならば、その功徳は甚だ大きいことを示されます*1。
法華経の行者守護の誓い
この功徳の大きさを聞いた薬王菩薩は、法華経を信仰する者に陀羅尼を与え、守護する誓いを立てます。そしてこの陀羅尼は、六十二億恒河沙(ごうがしゃ)等の諸仏が説かれたもので、もしこの信仰者に危害を加えるならば、この諸仏を害することになると説かれます。お釈迦さまは、この薬王菩薩の誓いを受け、多くの人々に利益を与えることになろうと、そのこころを讃歎されました。
これに続き、勇施菩薩、毘沙門天王、持国天王、そして十羅刹女および鬼子母神とその子たちが、それぞれ自ら秘してきた陀羅尼神呪を説き明かし、法華経を受持する者を守護する誓いを立てられていきます。
法華経を信仰する者には、人の隙(すき)をねらってつけこみ、熱病を起こし、あるいは、毒を与え、惑乱させ、身心に危害を加える魔や悪鬼がやってきます。その一切の障りから信仰者を護(まも)るために、陀羅尼が説かれていくのです*2。
日蓮聖人も、「陀羅尼品と申すは、二聖*3・二天・十羅刹女の法華経の行者を守護すべき様を説きけり」*4と、陀羅尼品は法華経の行者守護について説かれた章であることを記されております。
法華経受持者を守護する功徳
「善哉善哉(ぜんざいぜんざい)、汝等(なんだち)但(ただ)能(よ)く法華の名(みな)を受持せん者を擁護(おうご)せんすら、福量(はか)るべからず。」
これは、十羅刹女たちの誓いを受けて発せられた、お釈迦さまの言葉です。
「法華の名」とは、題目を意味するもので、お題目を受持する者を守護するだけでもその功徳ははかりしれません。ゆえに、法華経受持者の守護に努めるよう、お釈迦さまからも、その使命が与えられているのです。
日蓮聖人は、お題目を唱えることの証文(証拠)の一つとして、この一節に注目されております。
お題目を唱える者を守護するだけでも、これほど大きな功徳があるならば、お題目を自ら唱える者の功徳は、いよいよはかりしれません*5。
私たちお題目を信仰する者も、題目受持の功徳と、その信仰を支える守護の働きを、改めて心して味わうべきものでしょう。
注釈
*1 ここに、御首題の左右によく記される「如説修行 功徳甚多(にょせつしゅぎょう くどくじんた)」という経文が説かれています。たとえ一句一偈でも功徳は甚だ多く、ましてや法華経一部を受持する者の功徳は、さらにはかりしれないものとなります。
*2 初心の者であってもさまざまな障りが起こり、信仰が深まり、力も増していけば、それに応じて、妨げをなす魔の力も一層強くなっていきます。ここでいう「法華経の行者」は、出家・在家等の区別なく、日蓮聖人の教えにしたがい、法華経・お題目を信仰するすべての者が含まれます。
*3 薬王菩薩と勇施菩薩を「二聖(にしょう)」と呼びます。
*4 『日女御前御返事』昭和定本日蓮聖人遺文1510頁。
*5 なお、お釈迦さまの言葉は、「何(いか)に況(いわ)んや、具足(ぐそく)して受持し、乃至、供養せん者を擁護せんをや。」と続き、「具足受持」の功徳と、その人を守護する功徳の大きさを、より強調されています。ここからは、分別功徳品に説かれるように、お題目の受持にも、初心の行者から段階があることがうかがえます。



