日蓮宗メールマガジン11月号
【今月の法話】
〜銀杏〜
日々秋深まりゆくのを肌で感じる。気温も湿度も下がり風向きも変わった。
街路樹の葉もどことなく乾き、空っ風が落ち葉を掃き、遠く石焼芋の声でもすれば冬にまっしぐらである。
季節の移ろいを感じて歩いていると、鼻につく臭いに我に返る。正体はぎんなんである。これも確かに秋の風物詩なのである。
臭い皮をむき、天日に干し、かたい殻を割り、そして濁った色の実を火に掛けて
初めてエメラルドグリーンのように透き通るぎんなんを食することが出来る。
好き好みはあるだろうが、あの味わいは大人の醍醐味であろう。
まさか、あの臭いオレンジ色の実の中にグリーンの珠が隠れているとは想像もしないだろう。ただ、その美味しさは熱を加えなければ味わえないのだ。
実はこれに似たことは日常よくある。
外見で判断したり、少し足を突っ込んだくらいで理解したような気がする。そして、その奥に隠されている本質を見極められないままでいることだ。ましてや、自分自身に対しても同様ではないか。
このようなたとえ話もある。「ある男が友人と飲んでいるうちに泥酔してしまう。友人は出かけなければならなくなったので、その男の衣服の襟に高価な珠を縫い込んでおいた。男は泥酔していたので、友人の思いやりもわからずにいた。そして日々貧しい暮らしになって、それに甘んじていった。再び友人と再会した男は襟の裏の宝のことを告げられる」という話だ。私たちは自身の内に珠を持っている。それは授けられたものだ。
ただし、その存在にも気付かず磨くこともなく生かされないままになっていることが多い。
私たちがあのグリーンに輝く銀杏と違うのは際立たせるのは自身であるということ。自分の力で珠を磨くことが出来るということなのである。
【お知らせ】
日蓮宗宗務院伝道部です。今月の予定は…
4日 月例金曜講話(講師:落語家 立川談笑師)
21日 平成23年度宗門運動シンポジウム「あなたは社会に必要とされていますか?」
22日 先師法要
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