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日蓮宗メールマガジン6月号

を打てば 鳥は飛び立つ 魚寄る 女中茶を持つ 猿沢の池

この歌は、奈良公園にある猿沢の池を詠ったものです。詠み手ははっきりとはしていませんが、一説には興福寺の高僧ではないかと言われております。

映像が鮮明に浮かんでくるような古歌ですね。きっと主人がパンパンと手を叩いたのでしょう、その音を聞き、鳥たちは危険だと感じ飛び立ちます。同じ音を聞き餌がもらえると思った鯉は池の縁に寄って来す。そして女中さんはお茶を主人のところに運んでくる。

手を叩いた音が立場によって全く異なった捉え方になってしまう。はたして主人の意図はどうだったのでしょう。

仏教には「一水四見」という言葉があります。

皆さんは水と聞くとどのようなイメージでしょう。喉を潤す飲み物、疲れをとるお風呂、それとも波打つ海でしょうか。

どのような状況であれ我々の目には「水」は水として映ります。しかし同じ「水」であっても魚にとっては住処であり、天人には甘露、また餓鬼には炎と見えると言われております。

「水」という一つのものであってもそれぞれの四つの立場からは別のものに見えている。同じものでも捉え方で異なるものに見えるということを表した言葉でございます。

冒頭に紹介した歌は見事にこの「一水四見」の考え方を詠っています。

私たちは一つの答え、自分の見方というのを確立させてしまうと、その考え方、捉え方に固執してしまいがちです。それではモノの本質に気が付くことができなくなってしまいます。

自分の考え、見方を持つことは尊いことです。しかし時々、自分以外の視点で、視野を広く物事を捉えてみてはいかがでしょうか。