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Q

2026.07.16 43歳・男性・自営業

「最後」のはずが毎年続くお寺への寄付は断ってもいいのか

寄付のエンドレスについて質問です。菩提寺の住職に「これで最後です」と毎回言われる寄付が、なぜか次の年もあります。
気がつけば、うちの屋根より本堂の屋根に投資してるんじゃないかと不安になります。
寄付は断れるのでしょうか?

A

寄付は布施行という仏教修行の1つであり、寄付する時の気持ちが大切

回答者

福井県 栄久寺 野村泰弘

お寺のために、相談者さんが尽力されていること、非常に頭が下がる思いです。
さて、「寄付」という行為は仏教で言うところの「布施行」の1つにあたります。
「布施行」とは他者に何かを施す修行のことです。
現代では「布施」と聞くとお坊さんにお支払いする金銭を想像される方も多いかもしれませんが、
本来の意味合いとしては金銭に限らず、モノ、または、行いや笑顔といった無形のものでも、相手のために与えようとしたものは全て「布施行」になります。
さて、ここからが本題ですが、布施をするときに大切な心があります。
それは「慈悲心」です。
これは「〜のためにはやらずにはいれない」、といった相手のことを思い、自ら進んで、見返りを求めない心のことです。
相談者さんの今の心情を見ると、お寺から「寄付のお願い」が何度も来ており、お寺に対して疑念を抱いていると思います。
このようの心情で「寄付」をしても「布施行」にはなりません。
なので、具体的なことを言うと、ここまでだったらお寺のためにしてあげられるという寄付の金額を検討したり、
また、金銭の寄付だけがお寺への「布施」ではないので、色んな寄付・布施の形を考えてみてもいいかもしれませんね。
例えば、お寺のお掃除や年中行事に進んで参加しみるなど、お寺への貢献の仕方「布施行」の形は色々あります。
とにかく、寄付・布施は心がともなって初めて意味のあるものになります。

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