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法話が「修行」に?時計を気にしてしまう25歳が、話に集中する秘訣
法事の席で住職の法話が始まると、どうしても“今日は何分コースかな…”と時計をチラ見してしまいます。
ありがたい話なのに、眠気との戦いで集中力を奪われ修行の場と化してます。
どうしたら話に集中できるでしょうか。

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相談者さんの気持ち、すごくすごく分かります。
私も子供の頃、卒業式などの式典で来賓の方の挨拶が始まったら、
「この話が長くて、面白くないおじさんは誰なんだろう?何分話すのだろうか?」と感じたのを思い出しました。
さて、話し手というのは相手の気持ちになり、適切な話の内容・時間・環境を見極めて話をしなければなりません。
その点、お釈迦さまは相手の性質を見抜き、瞬時にその人に合ったお話を選んで、教えを説いておられました。(対機説法)
これを踏まえると、少し辛口な意見ですが、今回のケースは住職さんに問題があるかもしれませんね。
しかし、相談者さんは眠気と戦いながらも、ありがたい話を聞きたいということなので、『質問を考える』というのはいかがでしょうか?
実はこの方法は理にかなっていて、
そもそもお経というのはお釈迦さまの1人語りではありません。
お経を読んでいくと、『〇〇曰(いわ)く』『△△応えて曰(いわ)く』と会話形式になっています。
聞き手や悩みを持った人がお釈迦さまに話を聞いてもらい、その上でお釈迦さまが答えを出すという話の進め方なのです。
この方式だと、聞き手は自分の聞きたい話を聞けますし、自分から聞いている事なので、眠くなるはずがありません。
お経はお釈迦さまと聞き手との共同作業で出来ているのです。
相談者さんも、住職さんの話を聞くのは大事なことですが、話の中で疑問に思ったことや質問したい事を考えて、話に参加するような姿勢を持つと眠くならないかもしれませんね。
もし、質問出来るような環境があれば、お話が終わった後に、直接住職に聞きにいってみましょう。
実際にお坊さんの話は長くて眠くなることが多いと聞きます、私も気をつけます。
そして、この相談の文面も長くなると読んでいて、眠くなる人もいると思うので、この辺にしておきます。
おやすみなさい。