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飼っていた金魚が死んで寂しい。金魚はどこへ行ってしまったの?
飼っていた金魚が死んでしまいました。
もう会えないのがさみしいです。
金魚はどこへ行ったんですか?

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毎日、大事にお世話をしていた金魚だったんですね。
いつもいてくれた人やモノがいなくなると寂しいものです。
お釈迦さまは「目を閉じると見えてきて、目を開くと見えなくなる」という言葉を残されています。
大事なモノは意外と目を開いている時、目の前にある時は見えないもので、目を閉じたり、そのモノ自体が見えなくなったり、いなくなった時に本当のそのモノの価値が見えてくるという教えです。
相談者さんも実際に金魚が目の前からいなくなって、「悲しみ」という感情が湧いたということは自分にとって金魚が大きな存在だったと気づいたことでしょう。
だからこそ、その人やそのモノが目の前にある時に大切にしたり、一所懸命にお世話をしてあげようと思えるようになるのです。
命というのは永遠ではなく、限りがあるモノです。
しかし、日常を過ごしているとそんなことも忘れてしまうくらい命というものが当たり前にあると感じてしまいます。
「金魚がどこに行ったか?」という質問ですが、
亡くなったモノ、命は限りあるモノなので、肉体的には帰ってきません。
しかし、相談者さんは今回のことで「命に限りがある」ことを、身を持って学び、非常に良い経験をされました。
これから出会う全ての人、モノ、飼う生き物に対して出会いと別れがあります。
次、出会う人やモノ、生き物と別れがある時に「悲しい」という後悔の心がなくなるくらい、目の前にある内に大切にしてあげましょう。
その経験が飼っていた金魚が精神的に活きる、そして、生きることにつながるのです。
出典 仏説観普賢菩薩行法経 「閉目則見 開目則失」

大切なペットとの別れ。悲しみの先に待っている「新しい命」との秘密の再会。
とても悲しく、さみしいことと思います…。 とても悲しく、さみしいことに、すべての命には必ず終わりがあります。どんなたいせつな相手とも、いったんはサヨナラしなければならない時がきてしまいます。 命を終えた金魚ちゃんは、いったいどこに行ってしまったのか・・・申しわけないけれど、僕にも分かりません…