
ケシの花からソバの花
暑い夏の日、食欲が今一つでも食べられるのが、冷たい麺類。ざるそばや冷やしうどんなら、のどごし良くあっさりとお腹におさまります。
そのソバの研究を通じて、国際貢献、ミャンマーにおける麻薬撲滅運動に尽くした研究者がいました。「ソバ博士」こと氏原暉男先生です。
氏原先生は信州大学で長年ソバの研究に携わってきた第一人者。アジアの辺境地域を訪れてはソバの原生種を集め、自らも多くの新種のソバを作り出してきました。また国内でも請われて、そばを使った村おこし・地域おこし運動の指導や応援にも積極的に貢献してこられました。
その氏原先生が信州大学退官後に選んだ道が、JICA(国際協力機構)の麻薬撲滅プロジェクト。かつて「黄金の三角地帯」と呼ばれ世界最大の麻薬生産地の一角であったミャンマーで、アヘンの原料となるケシの代替作物としてソバを普及させる活動、ケシ畑にソバを植える仕事です。
麻薬撲滅のために「ソバプロジェクト」が浮上したのは、ケシに代わる作物がなければ、長年ケシ栽培に頼って暮らしてきた農民の生活を安定させることができないからであり、ソバは冷涼な気候や高地を好むケシの代替作物としてうってつけだったからです。
それから十年、多くの困難を乗り越え、ケシ畑は次第にソバ畑へと変わっていきました。でも道は半ばです。氏原先生はこんなことを記しています。
「ネパール辺境の村で見聞したこと。村に電気が来た。それまで、日の出とともに起き、日没とともに家路につき、一家団欒の食事のあと眠る、という生活パターンが崩れた。夜更かしをして酒を飲む。ばくちをする。村の飲食店の灯りが夜明けまでともり、村にはけんかが絶えず、トラブルが続いた。村の生活秩序が乱れ、かつての静かな平和な村でなくなった。文明は必ずしも人類を幸せにしない。文明とは何か、しみじみ考えた」