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心の散歩道

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2018年

八重さんのこと

お檀家に八重さんというお婆さんがいます。誕生日が来たので満百五歳になりました。若くして近所の農家に嫁いだ八重さんはよく働き、二人の子ども、長女、長男にも恵まれました。

しかし戦争が始まり、主人は徴用され外地で戦死してしまいました。

悲しみにくれる間もなく、舅姑に仕え、二人の子どもを抱え、牛を追い、田を耕し、苗を植え、一家を支えました。その苦労は察して余りあります。それでも八重さんはいつもにこにこ笑顔をたたえていました。

疲れが蓄積したのでしょう、ある日、農作業から帰って川で手足を洗っていたら、川に落ちてしまいました。「ああ。これで私もおしまいか」と水の中で思ったそうです。しかし、その時、誰かが手を差し伸べてくれ、一命を取り留めました。川縁に上がり、周りを見渡しますが誰もいません。八重さんは、きっと戦死したご主人が、「まだまだ、役目があるよ」と助けてくれたに違いないと思ったそうです。

長女に婿を迎え、長男は大学を出て就職し、少しは楽になりましたが、働くことの大好きな八重さんは、苦とは思わず、朝早くから暗くなるまで農作業に勤しみました。そのせいか腰は曲がり、地を舐めるようにして畑へ向かいます。家族が心配すると、見つからないように家を出て畑仕事をしていました。畑に草一本もありません。

そんな八重さんに悲しい出来事が起きました。長男が病気で亡くなったのです。数十年経って、今度は頼りの長女を事故で亡くしてしまいました。八重さんはいっぱい涙を流しました。けれど、お葬式が済んでからはお仏壇の前を通るとき合掌するだけで娘さんのことも息子さんのことも一切口にしません。可愛い曾孫夫婦に心配をかけまいとしているのでしょう。今では玄孫もでき、頬ずりしながら「ええ子じゃのう」と小さな体でにこにこ話しかけています。