
福島は今 2
国道6号線の左右は緑が豊かです。「帰還困難区域」に指定されている地域では、国道脇の歩道を人が通ることはありませんから雑草は伸び放題。もとは水田だったと思われるところも、今は田んぼの境界も分からない原野に戻っています。まるで北海道の郊外を車で走っているかのようでした。
細かいことは分かりませんが、左右の家々は地震で大きく損傷しているようには見えません。ただ人の気配が全くないのです。ここは本当に日本なのだろうかと不思議な思いに捕らわれながらハンドルを握っていると、道路沿いにお寺とおぼしき大きな屋根が見えてきました。よく見ると瓦に井桁に橘 の紋が組み込まれています。日蓮宗の寺院ではないかと思い、カーナビの地図を確認すると、やはりそうです。
福島第1原発事故の後、「帰還困難区域」の中に自坊と同じ名前の日蓮宗寺院があることに気づいていました。他人事とも思えず密かに心を痛めていましたが、まさにそのお寺でした。
通り過ぎる一瞬、塀越しに本堂と境内墓が見えました。本堂もお墓もひどい損傷を受けているようには見えませんが、ここにも人はいません。本堂で毎朝のお経が上がることもなければ、檀信徒が折々に先祖のお墓参りをすることもできないでしょう。
御住職や檀信徒の方々は今どのようにされているのだろうと思いを馳せました。長年にわたり営々と築き上げてきたものが、東日本大震災に端を発する福島第1原発事故により無に帰してしまいました。何の落ち度がないにもかかわらず。
岡山に住む私たちの日常では、目新しいニュースが日替わりで登場します。7年前の東日本大震災を、福島第1原発事故を忘れているわけではありませんが、記憶は薄らぎ、関心は遠のいていきます。そんな中、福島の全く解決されていない現実も忘れないようにしなくてはならないと思いました。