
聖教殿
中山法華経寺というお寺が千葉県にあります。「荒行」という百日間の寒修行が行われるお寺として有名です。この法華経寺、日蓮聖人のご真筆が全国の日蓮宗寺院の中で最も多く保存されていることでもよく知られています。聖教殿という石造りのドーム型の収蔵庫に収められています。ご真筆だけでも60点余りもあるそうです。この中に、国宝に指定されているご真筆が2点あります。『立正安国論』と『観心本尊鈔』といいます。日蓮聖人の最重要遺文を、「三大部」と称しますが、この2つに『開目抄』が加わります。『開目抄』は残念ながら火災で焼失してしまいましたので、「三大部」中、現存の2点が聖教殿で格護されているということになります。
この聖教殿に入れていただく機会をえました。初めての経験です。ご真筆の修復作業が順次行われていて、修復されたご真筆の返却に立ち会わせていただいたのです。次回修復の候補ということで、その『立正安国論』と『観心本尊鈔』を棚からだしていただき、拝見することができました。
『立正安国論』は巻物、『観心本尊鈔』は和綴じ本の体裁です。はねやはらいが独特の、勢いのある聖人の筆致、見覚えのある(もちろん写真版です)文字と御文章をごくごく近くで目の当たりにでき、感激やら感歎やら、恐れ多くて、申し訳なくもただただ、「うーん!」とうなるばかりでした。
「これはね、日蓮聖人の指紋のあとですよ」。古文書研究の第一人者である立正大学名誉教授の中尾堯先生が、『立正安国論』の紙面の下部に残る墨あとについて説明してくださいました。墨がついたままの左手で紙を押さえられたためにできてしまったとのことでした。「ヘーっ!」。
大げさではなく、時間と空間を超えて、日蓮聖人との距離が一気に縮まり、今この場所に聖人が……、そんな本気の錯覚さえ抱くほどでした。至福の時間、いまだに夢さめやらぬ思いです。