ホーム>法話>心の散歩道>2019年>「無」とは何か

心の散歩道

心の散歩道

2019年

「無」とは何か

科学雑誌「Newton」5月号に、『無とは何か』というテーマで特集が組まれていました。だいたい次のようなことが書かれています。

無には大きく分けて2種類あります。1つは、「物質が何も存在しない空間」つまり、真空という無。もう1つは時間や空間さえも存在しない、「究極の無」です。

空気があったり物質があっても、分子レベルで見ると、分子と分子の間には何もなく、真空といえます。もっと小さく原子を見てみると、原子核と電子の間は、やはり真空といえます。その構造からすると、全ての物質はほぼ空っぽで、真空と大差がないと言えます。

逆に、真空の空間を突き詰めてみると、未知の何かによって埋め尽くされているとも考えられています。

次に、「究極の無」の存在については、時間を巻き戻して、宇宙の始まりを考えていくことでその検証をしています。ある説は、宇宙には始まりがなく、ビッグバンを経て膨張し続けていた宇宙が、あるところで収縮しはじめて、最後には1点に集中して終焉をむかえ、再び膨張に転じて宇宙が誕生するという、宇宙の輪廻転生を説いています。また宇宙は無限の過去から存在し、私たちの宇宙は高次元の中に浮かぶ膜にあって、全く別の膜にある宇宙と衝突したり離れたりしながら、宇宙の誕生と終焉を繰り返していると考える説も紹介されていました。結局、「究極の無」に関しては、まだ解明できる段階ではないということです。

この記事を読んだ時、『法華経如来寿量品』に説かれている、お釈迦様の寿命が永遠で無始無終であるということ、そして、日蓮聖人の御書『観心本尊鈔』に、「佛すでに過去にも滅せず、未来にも生ぜず、所化もって同体なり」と示されていることが思い浮かびました。答えはここにあるのではないでしょうか。