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心の散歩道

心の散歩道

2020年

言葉は自分に向いている

最近は外出も減り、ほとんど乗ることがなくなった新幹線に乗ることがありました。岡山駅のホームにも安全柵が設けられるなど様変わりしていました。そんなことに目を奪われキョロキョロしながらホームを歩いていて、颯爽と歩いている若者とぶつかりそうになりました。お嬢さんはいわゆる歩きスマホ。しかもゴロゴロと呼ばれる手で引くカバンを持つ方でした。お嬢さんは何事もなかったかのようにスマホを見続けたまま歩いて行きました。

正面衝突にならず良かったと思い、ふとホームの壁を見ると歩きスマホを注意するポスターが貼ってありました。ああ、お嬢さんの目にはとまらぬ啓発ポスターだと思いつつ、そういう人もいるからあんたも気を付けましょうという注意喚起のポスターとしての役目もあるのかと思い直しました。

歩きスマホをしている本人の目に入れたいのなら、画面を開くと、「歩きスマホ注意」の表示が有効だと思うのですが、たぶんそれでも本人にとってみれば他人事に違いないでしょう。伝えたい相手に伝えたいことを伝えることは容易ではありません。

ゴミ袋と火箸を持って、無造作に捨てられている弁当がらなどのゴミを拾って歩いている人に出会います。車窓から放り投げたものでしょう。その近くには「警告。ゴミ等を投棄した者には、法律により5年以下の懲役または1千万円以下の罰金、法人は3億円以下の罰金が科せられます」という看板があります。

お寺に住む者にとって、お釈迦さまはこれでもかというぐらい語り続けてくださっているのに、他の人への慈愛の言葉だと思っている愚かな自分がいます。

自分のことだけを考えがちな、不完全な私たち。すべての人がお釈迦さまの言葉に耳を傾けて欲しい。人のためではなく、自分のために…