心の散歩道

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2020年

写経の功徳

写経の功徳を説いたこんなお話があります。

昔、中国に烏竜という当代一の書道の名人がいました。烏竜は儒教を深く信じて仏教を嫌い、お経の文句は決して書写しませんでした。年を取って死期が近づいたことを知ると、やはり優れた書家である息子を枕辺に呼んで、「我が子遺竜よ。どんなことがあっても、仏教の経典を、殊に法華経を書いてはならない。これが私の遺言だ」と言い残して臨終を迎えました。

その後遺竜も書の道に精進して中国一の書道の名人になりましたが、父の遺言を堅く守って決してお経を書写することはありませんでした。

当時の国王は、仏法をよく信じ、とりわけ法華経を信仰していました。そこで書の名人に法華経を書写させて自分の持経にしようと思い、遺竜を召し出して法華経の書写を命じましたが、遺竜は「法華経の経文を書くなというのは父の遺言です。どうかこればかりはお許しください」とお断りをしました。国王は仕方なく他の書家に法華経を書写させましたが、法華経八巻の題(表書き部分)だけは再び遺竜に書くよう命じました。

この度は遺竜も国王の命令を断ることができません。とうとう法華経の題を書いて献上しました。遺竜は家に帰ると父の墓に参り、「遺言にもかかわらず、法華経の題を書いて参りました。親不孝の罪はまぬがれません」と嘆き、何日も父の墓を離れませんでした。

幾日か後、目の前に天人が現れました。それは亡き父烏竜の姿でした。烏竜は生前法華経を敵としたため死後、無間地獄におちてさまざまな責め苦にあっていました。ところが、遺竜が父の遺言に反して法華経の題を書いたところ、その一文字一文字が金色の仏となって地獄に現れ、烏竜や他の罪人を救い、弥勒菩薩の所に参れるようになったのだと感謝を述べました。

写経の功徳は本人のみならず、亡き方にまで及ぶ有り難いことです。