心の散歩道

心の散歩道

2022年

もらい風呂

風呂にゆったりとつかり、汗を流し、心身のつかれを癒やすのは、とても幸せなひとときです。

しかし、昔は、風呂を沸かすのはたいへんな仕事でした。小学校4年生ころから風呂の水くみは主に私の仕事でした。

まず、境内の隅にある井戸から水をバケツに2杯汲み上げて、15メートルくらい離れた風呂まで両手に提げて運ぶのです。五右衛門風呂の湯船に必要な水は大量で、当時の私にとって重労働でした。早く済まそうと急ぐと、バケツの水がピチャピチャとこぼれ、半分くらいになってしまいます。

お風呂を沸かすのは母の仕事でした。戦後、物が不自由なのと倹約で、風呂を毎日や1日おきに沸かすことは、ふつうの家ではとても無理でした。自分の家でも風呂を沸かすのはだいたい3日に1回ぐらいでした。そこで「もらい風呂」という知恵がありました。近い親戚や隣どうしの間で交互にもらい風呂に行くのです。

私も何度かもらい風呂に出かけた経験があります。ご近所の篤信なお百姓さんの家でした。地下足袋や四つめ鍬があり、隣の牛小屋で牛が「もー」と鳴き、いつもにない興奮を覚えました。両親、それに弟と4人で入るのには少し窮屈でしたが、楽しいものでした。

そのうち、打ち抜きポンプが流行り、我が家も鍛冶屋さんにお願いし、やっと水くみから解放されました。ところがものすごい金気水で、砂や木炭などで濾過しないと使えませんでした。

五右衛門風呂は、昭和30年代の後半にはなくなりました。その後、お湯がすぐ出る風呂場がふえ、核家族も多くなりました。日常のつき合いのきずなは薄くなるばかりです。これから5年後、10年後の世の中を、明日をもわからない我が身ながら、心配することがいろいろあります。