
宗旨は違うけれども
老姉妹がお寺に来られました。
「私たちはこのお寺さまと同じお題目を信仰している者ですが、宗旨は違います。私たちが師事しておりましたお上人さまの書かれた遺文をこれまで保管してまいりましたが、ご覧のように年老いてまいりました。残念ながら子供もおらず、信仰を継承してくれる家族もおりません。どうかこのお寺でお預かりいただけないでしょうか」
衣装ケースに、筆で書かれた和綴じ書物がたくさん入っていました。明治時代のその宗旨のお上人が宗祖のご遺文の書写をはじめとして書き残されたものだそうです。勉強の跡か、赤字の線もたくさん書き入れられています。
お預かりすることを承知して、少しお話をさせていただきました。お住まいは我が寺とは離れたところなので、何故このお寺に、とお聞きしましたら、昔は近くにお住まいで、昭和40年代まで開設していた当寺の幼稚園に親族が通われていたとのこと。苗字を伺って思い出すことがありました。10年ほど前に一人の青年が訪ねてきたときのことです。
「我が家は代々南無妙法蓮華経の信仰をしています。ただ、信仰の形がとても厳しく、私も母もついていけません。それでも、南無妙法蓮華経の信仰は捨てたくないのです」との事情でお檀家になられた方と同じ苗字でした。宗旨の細かいところは、確かに我が寺の宗派とは違うところもあります。それでも、このお家で南無妙法蓮華経の信仰が続いていくことは嬉しい限りです。老姉妹に、ご親戚ですかとはお聞きしませんでしたが、昔のお住まいの場所からして間違いありません。
「これはお預かりいただくためのお代です。決してお布施ではありませんので、お寺のことにはお使いならないでください」と念を押すように言われて、最後に封筒をさし出されました。ご意志に反して、お寺に納めさせていただきましたが、それが正しい判断だったのか、今でも少し迷う時があります。