
母親
昔は、田舎の家々で田畑の耕作や、運搬の役牛として、牛を飼っていました。また最近まで乳牛を飼っていました。
馬喰という職業がありました。「村々を回って農家から牛馬を買い集め、各地の牛馬市などでこれを売りさばく者をさして呼んだ」(ブリタニカ国際大百科事典)
ある家で、何回か子供を産み、「この牛は年を取ったしそろそろ次の牛と交換しろ、今度の仔牛は元気そうだし、育てるにはいいのではないか」と馬喰のすすめにより、母牛を売って、仔牛を育てることにしました。
母牛を連れて帰る日になりました。母牛の飼い葉桶にいつもよりいい物を入れてやり、最後の餌にしました。
母牛を牛小屋から連れ出し、乗せるトラックの後ろに来ました。一人が車のボデーに上がり、紐を引っ張りますが、足を踏ん張って乗ろうとしません。二人掛かりで尻を押しても、どうしても動こうとしません。
「おい、牛小屋から仔牛を連れてこい。そして乳を飲ませてやれ」と老馬喰が言いました。
仔牛は母親の乳房に吸い付き、口を押し上げて乳房を刺激し、乳を口からこぼしながら一生懸命、飲んでいます。腹いっぱいになったら、口をはなして母親から離れて、楽しそうにうろうろとしています。
母牛が車に乗ることを嫌がるのは「どこかに連れていかれる、子供とも別れるのだ」と本能で分かるので、長年の経験から馬喰は、子に乳を飲ませて別れをさせたのでした。
母牛は大声で「モウーモウー」と子牛を呼びながら、観念したのか、しぶしぶと車に乗り込みました。
親はいつも子のことを思っているのです。子は親のことを思っているでしょうか?