心の散歩道

心の散歩道

2024年

「迷」という漢字の米は、コメではなく、交差点のことだそうです。交差点の真ん中でどっちに行けばよいか分からず、オロオロしているのが「迷」の意味です。ですので、まよいの他に悩みという意味があります。

ロシア、ウクライナ戦争は一向におさまらず、死者や被害者が増える一方です。イスラエルとパレスチナ問題も同じようなことになっています。中国は勝手に領土を広げるし、新総統の決まった台湾へさらに圧力をかけています。北朝鮮もミサイルをボンボン打ち上げ、アメリカや韓国と対峙しています。国際ルールなど、あってないようなものです。

国内でも今年お正月に起きた能登半島地震をはじめとする地震や豪雨、猟奇的な殺人事件、ネットを使った特殊詐欺事件、薬物乱用、キックバック裏金に揺れる政治の貧困、物価高等々、心配事が後を絶ちません。

こういう状態を「迷」というのです。私たちはこのまま手をこまねいていいのでしょうか。「迷」を「諦める」、つまり明らかにするのが「智慧」であり、「智慧」によって得られるのが「悟り」といえましょう。

お釈迦さまは王位を捨て妻子と分れて出家されました。お城にいて感じた「生老病死」から解脱するためでした。そして長い、苦しい修行の末に35歳で悟りを開かれました。しかし、生老病死はなくなりません。ただ、悟りを開かれたことによって生老病死が苦でなくなったのです。

お釈迦さまは悟りを開くことだけが目的ではありませんでした。それを80歳になるまで、みんな幸せになってほしいと45年間教えを広め続けられたのです。お釈迦さまは、私たちの心の中に手をねじ込み、外科の手術のように、苦しみを取り除いてはくださいません。早く、苦の根本に自ら気づきなさいと教えてくださっているのです。