
仏果を得ず
ソプラノ歌手田中彩子さんの歌声を倉敷芸文館で聴きました。田中彩子さんは京都出身で、海外のオペラなどで活躍されています。一般的なソプラノより遥かに高い音域で歌唱できる類い希な才能で注目を集めています。一度ドキュメンタリー番組で見て以来、機会があれば聴いてみたいと思っていました。
本物の歌声は素晴らしいものでした。うら若き女性の細い身体のどこからあの圧倒的な歌声が生まれてくるのでしょう。「高音は信じられないほど正確、それにもかかわらず響きは柔らかで、まさに天使のよう」と賞賛されていますが、まさにその通りでした。感動するとともに、彼女は一体どれだけの節制と努力を続けることによってこの類い希な美声を生み出し、維持しているのだろうと思いました。
生まれ持った才能も磨かねばただの原石であり、磨き続けなければ曇りを生じ輝きを失うことでしょう。さまざまな分野で活躍する一流の方々はみんなそうです。プロ野球のイチロー選手もフィギュアスケートの羽生結弦選手も弛まぬ節制と努力に支えられて抜群の成績を残し、その見えない部分がまた私たちの胸を打つのだと思います。
翻って自分自身の生活を振り返ったとき、忸怩たる思いがあります。作家三浦しをんは、伝統芸能である人形浄瑠璃の世界を描いた、『仏果を得ず』という小説の中で、若い義太夫語りに対して次のような台詞を投げかけています。「たいした病気も怪我もせず、存分に長生きしたとしても、あと60年といったところだぞ。たった60年だ。それだけの時間で、義太夫の真髄にたどりつく自信があるのか。300年以上にわたって先人たちが蓄積してきた芸を踏まえ、日々舞台を務め、後進たちに伝承し、自分自身の芸を磨ききる自信と覚悟が、本当にあるのか」
2000年を超える歴史と智慧を内包した仏教を伝える使命を持つ私たちに向けられた言葉のように思えます。