心の散歩道

心の散歩道

2019年

正見

「豊かな自然に恵まれた当温泉には、たくさんの小さな虫たちも生活しています。もし迷子の虫たちがお部屋にお邪魔した時には、そっと窓の外に帰していただくか、お気軽にフロントにお申し付けください」

先日泊まった山間の旅館の部屋、テーブルの上に、こんな書き付けが置かれていました。うまい表現だと感心しました。旅館の場所がら虫が多く、部屋の中にもたまに入ってくるのだと思います。苦情も何度かあったのかもしれません。

「誠に申し訳ありませんが、当旅館は山間のために虫が多く…」とストレートに書いてもいいようなところなのでしょうが、「迷子の虫たちが」と表現されてしまうと穏やかな気持ちになって文句も言えなくなってしまいます。

確かに我々宿泊客にとっては虫の侵入は迷惑至極ですが、虫の目線、立場で考えたら、見つかったら殺される可能性が高いのですから、迷惑どころか死活問題です。虫から見たら、目の前に立ちはだかる私たちは、巨大で狂暴なる怪獣なのです。

仏教に、「八正道」という教えがあります。仏さまになるために、悟りをえるために行うべき八つの修行方法のことです。その最初に、「正見」と示されています。正見とはあまり聞きなれない言葉でしょうが、その反対語はよく耳にします。「偏見」です。偏見とは文字通り、「かたよった見方」のことです。ですから、正見とは、偏った見方をしない、客観的に物事を見る、ということになります。

「小さな虫たち」も私たちも、同じようにこの世界に住んでいるのです。迷惑といえばお互いに迷惑、権利があるというならお互いに権利があります。しかし、現実には圧倒的に私たち人間がこの世界を支配しています。虫の目線、弱者の目線、第三者の視点を意識しておかないと私たちはどこまでも傲慢になってしまいそうです。