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心の散歩道

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2020年

お母さんの手当て

なつかしい赤チン。すっかり姿を消してしまいましたが、昭和40年代ころまでは、どこの家庭の救急箱にも必ずあった、日常の軽い傷につける消毒液のことです。赤い色をしていますので、赤いヨードチンキを略して赤チンと言っていたのでしょう。ただ、赤いというだけでなく、さも効能があるように派手な玉虫色に光っていました。

昔はテレビやパソコンなどなく、子供は外で遊ぶのが常識。今のように危険がいっぱいの世の中ではありませんでしたので、安全に配慮ということがやかましく言われませんでした。ドッチボール、縄跳び、鬼ごっこ、馬跳び、陣取り、缶蹴り、Sケンなど、転んだり転ばされたり。自転車の練習は舗装のしてない石ころだらけの道路で、転んでは起き、起きては転んでと、足や腕、顔は傷だらけ。それでも余程のことがない限り、お医者さんにかかることは殆どなく、「赤チン塗っときゃすぐ治る」と、赤チンのお世話になり、赤チンをあちこち沢山付けているのが勲章のようなものでした。赤チンのお世話にならなかった子どもなんていないのではないでしょうか。ただ、この赤チン、有機水銀を含んでいるとのことで、今では姿を消してしまいました。

赤チンを塗るようなことを「手当て」と言いますね。そう、怪我や病気には手当てが大切です。それも、優しいお母さんのような手が大事です。お母さんが「痛いの、痛いの、飛んで行けー!」と撫でてくれようものなら、少々の打ち身など本当に痛くなくなりましたから不思議です。お腹が痛いのもすぐに治ってしまうのです。赤チンより効き目があった仏さまのようなお母さんの手。今でも思い出します。