心の散歩道

心の散歩道

2020年

さびしい

主人が一人息子を残して亡くなりました。奥さんは再婚もせず子どもを育てました。子供は母親思いの素直な気立てのいい男の子になりました。大学も無事卒業しました。

ある会社に入り、営業で成績も伸ばし、初ボーナスで、プレゼントをしてくれ、食事を一緒にしました。

4、5年たつと、勤めていた会社を辞め、自分で会社を始めました。

結婚して子供も生まれて、息子夫婦は忙しく働いていました。奥さんは息子を育てた小さな借家で、昔からの馴染みの人の服を仕立てて、あいかわらず一人暮らしをしていました。

時々、仕事の休みのとき、息子夫婦が孫を連れて遊びに来てくれます。

「お母さんの作った物は、みな美味しい」と喜んで食べてくれています。「苦労して育てたかいがあった」と幸福でした。

孫が大きくなってくるに従って、学校、塾通い、スポーツと忙しくなり、息子の会社も景気に左右されて、たまにしか家に来なくなりました。

年を取るに従って、痴呆が始まりました。息子はマンション住まいで、母親の部屋を用意することができず、毎日母親の面倒も見られないので、グループ介護施設に入れることになりました。

ホームで楽しく暮らしていましたが、時々、息子の顔が見たくなりますが、会うことができません。

息子は痴呆の母を預けている安心感と、施設への支払金のために、仕事を増やし頑張っていますので、会いに行く時間が取れなくなりました。

痴呆が進むと同時に、息子恋しさと寂しさで、「息子は死んでしまいました。嫁が火葬をして『ハイ、これお骨です』と置いて行きました」と思うようになりました。

幸せとはなんでしょう。厳しくて、さびしい世の中で、生きて行かなくてはいけません。