
有為転変は世の習い
表題はすべてが移り変わって止まることがないのが世の常という事で、仏教用語の諸行無常と同じ意味に使われます。
おかげさまで、これまで歯医者さん以外、お医者さまにほとんどご縁がなかったのですが、加齢による帯状疱疹にかかって診察を受けて以来、血圧が高いことも分かり定期的に診察してもらうようになりました。ラッキーなことに女医さんです。
それから数ヶ月が経過した頃、風呂で足を滑らして転倒。腰あたりが痛くて立ち上がれません。這い這い寝床にたどり着きました。少し休んでいれば落ち着くだろうと思っていたのですが、痛みは激しくなるばかり。とうとう家内が女医さんに電話し様子を話したところ、診察時間中でしたがすぐ往診に来てくださり「若い頃なら、すべって転んだで済むのでしょうが、年を重ねるとそうはいきませんからね」と救急車を手配してくれました。
当然のことながら救急車は赤信号でもノンストップ。隊員の方はとても親切で「今、矢坂まで来ました。もうすぐですからね」などと、常に語りかけてくれます。
病院に運ばれてからが大変。直ちに採血、レントゲン、CT撮影、MRI検査、それに時期が時期ですのでコロナ検査と続きます。診断の結果、12番目の胸椎圧迫骨折、全治1ヶ月と診断され、即入院となりました。
主治医がレントゲン写真を見せながら説明してくれました。思わず、これが自分の背骨かと仰天しました。前屈みになってしまっています。木俣修という俳人が詠んだ句を思い出しました。
すすみゐる骨の老化はまのあたり
透視写真にしばしたじろぐ
いつまでも若く元気でおられるとついつい勘違いしていました。家人にも心配と迷惑をかけました。体力や頭脳は次第に衰えています。心して生活していかなければならないと思うこの頃です。みなさんもお大事に。