
えん罪
染色作家の方にお会いしました。もう80歳近いご年齢ですが、現役で創作活動を続けておられます。
「私は若いころ、沖縄にいまして…」
「どうして沖縄に…」、そんなきっかけでその話は始まりました。
Mさんは25歳の時、紅型(染色技法の1つ)の勉強で沖縄に行かれたそうです。そのころの沖縄は基地反対闘争が激しいころで、ある日デモに出くわし、Mさんもなんとはなしにデモの一員になられたそうです。そんな自分の前方に火炎瓶が飛んできます。一瞬にして周りは火の海。Mさんは、その炎の中に倒れている人を見つけ、必死に引っぱり出しました。機動隊員だったとのこと。火は衣服にも燃え広がっていたので靴裏で火を消されたそうです。そんな状況の時にMさんは機動隊員に捕まります。
そのまま拘留され、厳しい取り調べを受け、なんと、殺人罪で起訴されました。殺すどころか、自分は助けようとしたと必死に弁明したのですが、まったく認められなかったそうです。
無罪を主張して裁判となり、地元の新聞社が記事にしてくれて支援者の輪も広がり、5年間の裁判の後に無罪判決を勝ち取られたそうです。えん罪です。
「その後、国の謝罪を求めた訴訟を起こし、それに費やした年月は18年でした」。25歳から43歳まで、裁判に振り回された人生だったということです。
「警察や国を恨んでも恨みきれないでしょう」
「ところがそうでもないんですよ。取り調べの最中は、もうウソでも自白したほうが楽かなあと何度も思いましたが、恨むという気持ちは不思議に起きなかったですね。ただ、人生は理不尽で矛盾に満ちているなあとは体で素直に感じましたね」。
人を助けようとした行為が、まったく逆の殺人罪で起訴、23年もの間、自らの人生を犠牲にしてしまう。まさに人の世、理不尽で矛盾だらけです。