
「じいじ」と「ばあば」
私たちが日々耳にする言葉には、その時代の空気や人々の思いが映し出されています。最近、幼い子どもたちが祖父母のことを「じいじ」「ばあば」と呼ぶ姿をよく目にするようになりました。かつては「おじいちゃん」「おばあちゃん」が一般的でしたが、より柔らかく親しみのある呼び名として「じいじ」「ばあば」が浸透してきたようです。
この変化は、単なる言葉遣いの変化にとどまらず、祖父母と孫との関係性の近さや、家族の中での役割の変化をも映しているように思います。かつての祖父母は「家の長」として一段高い存在であったかもしれませんが、今では「遊び仲間」や「身近な相談相手」として、よりフレンドリーな関係が築かれているということでしょうか。
しかし、こうした呼び方が変化するうちに私たちは大切なことを忘れがちになります。それは、「敬いの心」です。たとえ呼び名がくだけたものであっても、その背後には命のつながりへの感謝と、人生の先輩への敬意があるべきでしょう。
仏教には「報恩感謝」という大切な言葉があります。自分がこうして生きていることは、無数の命と多くの支えによりて成り立っています。その中でも、祖父母という存在は、まさに私たちの命をこの世につないでくれた尊い存在です。
先日、法事の後でお墓参りに行った時に、小さなお子さんが「じいじ、ばあば、ありがとう」と手を合わせていました。それは、教えられたからではなく、自然と出てきた言葉のようでした。
祖父母を表す呼び名が変わっても、大切なのはその言葉にこめる「こころ」です。私たちは「じいじ」「ばあば」から受け継いだ命を大切にして、よりよく生かし、また感謝の念を忘れないようにしたいものです。