第21章
●お題目の付属
如来神力品
【にょらいじんりきほん】
前章、常不軽菩薩品(じょうふきょうぼさっぽん)で末法(まっぽう)においてどのようにお題目を弘めていくか、その模範が示されました。
そこで、いよいよ末法の唱導師である久遠のお釈迦さまの本弟子・地涌の菩薩(ぼさつ)に法華経が付属される、これがこの第21章如来神力品となります。
第10章法師品(ほっしほん)で幕を開けた、末法の衆生(しゅじょう)救済の大事業。久遠のお釈迦さまの大きな慈悲のこころから起こったこの大事業が、第15章従地涌出品(じゅうじゆじゅっぽん)・第16章如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)の開顕を経て、本章および次章嘱累品(ぞくるいほん)における付属によって、ついに極まっていくこととなります。
本章・次章ともに、法華経の教えをお釈迦さま滅後、お釈迦さまに代わって弘め、衆生を救っていく使命を弟子たちに託す“付属”が主題となっていますが、特に本章は、地涌の菩薩という特別な師に、末法の衆生救済の秘法である特別な教えが付属される、日蓮聖人にとっても、私たちにとっても重要な章であります。
地涌の菩薩の誓い
「お釈迦さま、私たちは、お釈迦さまの入滅された後に、広くこの法華経を説きましょう。私たちも、この真に清浄なすぐれた教え(「真浄の大法(しんじょうのだいほう)」を得て、受持(じゅじ)し、供養したいとこころから強く願います。」
この地涌の菩薩の切なる誓いの言葉から、本章は始まります。
十神力(じゅうじんりき)
この誓いを聞き入れられると、お釈迦さまは、十種の不思議な力(「十神力」)を現わし、この“真浄の大法”の功徳とはたらきの大きさを示されます。
①お釈迦さまをはじめあらゆる仏さまが舌を出して説かれた教えがすべて正しいことを証明され、②全身より無数の光を放ち、③せき払いし、④指弾(はじ)きされた、その音声が、あまねく十方の世界へと響きわたり、⑤大地が六種に震動します。
さらに、この不思議な力によって、⑥十方の世界の衆生が、娑婆世界(しゃばせかい)において法華経を説かれているお釈迦さまや多宝如来(たほうにょらい)等のお姿を拝すると、⑦空中に声があって、お釈迦さまとお釈迦さまが説かれる法華経の教えを信じ敬うよう促されます。⑧十方の衆生は、その声を聞いて、みな「南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏」と信じ敬いのこころを起こし、⑨種々の供養を捧げました。⑩こうして、十方の世界はすべて、一つの浄土となっていきました。
“真浄の大法”である法華経を地涌の菩薩に付属するにあたって、お釈迦さまはこのように十神力を現され、末法という時代に、みなが法華経を、こころを一つにしてすなおに信じ敬うならば、その場所が浄土〈仏国土(ぶっこくど)〉となることを象徴的に示されました。
地涌の菩薩への付属~四句の要法(しくのようぼう)~
さらに続けて、お釈迦さまは、上行菩薩(じょうぎょうぼさつ)をはじめとする地涌の菩薩に、この法華経の功徳について語られていきます。
「諸仏の神力はこのように不可思議でありますが、この大神力をもってしても、その功徳を説き尽くすことはできません。」
しかし、「要をもってこれをいうならば、如来(にょらい)の一切の所有の法(しょうのほう、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵(ひようのぞう)、如来の一切の甚深の事(じんじんのじ)*1、これらすべてが、この経には説き明かされているのです」と。
この、あらゆる仏の一切の智慧も功徳も力もはたらきも、そのすべてがあますところなく具足した、肝心要(かなめ)の要法としての法華経。この要法の法華経は、第16章如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)「良医治子(ろういじし)の喩え」において説かれた良薬であり、私たち末法の衆生を救うために特別に用意された教えであります。
日蓮聖人はこの法華経がお題目そのものであると受けとめられました。
したがって、末法の唱導師である地涌の菩薩に対して、必ず一心に受持し、この法華経を弘めるよう、重大な使命が託されたのでした*2。
日蓮聖人の自覚
末法という濁り乱れた悪しき世にあって、決してそれに染まることなく、どのような困難にもよく堪え、この使命を果たすことができるのは、久遠のお釈迦さまの秘蔵の本弟子である地涌の菩薩をおいて他にはおりません。
それは、師である久遠のお釈迦さまが何よりもよくご存知のこと。それゆえに、お釈迦さまは、地涌の菩薩の末法における化他(けた)*3のすぐれた働きを、このようにほめ讃えております。
「日月の光明の 能(よ)く諸(もろもろ)の幽冥(ゆうみょう)を除くが如く 斯(こ)の人世間に行じて 能く衆生の闇を滅し」云々
「斯(こ)の人」とは、もちろん地涌の菩薩。太陽と月の光があらゆる暗闇を除くように、地涌の菩薩が末法の世にお題目を弘めるならば、衆生の悩みも苦しみもよく取り除いてくれる。だからこそ、決して疑うことなく、地涌の菩薩の導きにしたがって、この法華経を受持するよう、お釈迦さまは仰せになられています。
地涌の菩薩の強い自覚をもって、この一文に注目されたのが、我が宗祖日蓮聖人であります。
先の「蓮」の字と同様、地涌の菩薩に特に深い関わりのある経文から一字ずつを取り、末法において法華経を弘める使命と覚悟をもって、「誓願を立てよ」というお釈迦さまの要請に応え、日蓮聖人はたち上がられたのでした。
注釈
*1 「如来の一切の」と四句で述べられていることから、「四句の要法」と呼んでいます。
*2 また、お釈迦さまは、この法華経を受持し弘める場所は、いかなるところであっても道場であり、その場所が仏さまのいる浄土であることも、重ねて丁寧に説かれております。
*3 化他(けた):他の人々を教化し教え導くこと。化他に対して、自ら修行を積むことを自行(じぎょう)といいます。「日」の字が化他の働きを表すのに対して、従地涌出品の「蓮」の字は、自行によって身にそなえたすぐれた徳の力を表しています。この自行があるからこそ、多くの人々を導く化他の働きをなすことができるのです。