
身延ご入山の道すがら
ご縁があって静岡県富士宮市のお寺をお訪ねする機会がありました。威風堂々、立派な伽藍が富士山を間近に一望できる絶景の地に建っていました。お寺の由緒書きに「日蓮聖人ご一泊・公孫樹と出乳の霊場」とありました。「この寺は、日蓮聖人が身延に入山される折、お立ち寄りになられご一泊された跡に建てられました。公孫樹の木の下で休んでおられた聖人一行を柏餅と麦酒でもてなしたのです。ご供養した遠藤左衛門の妻が赤子を抱えて乳が出ずに困っていることを知った聖人が、法華経の妙力をもって祈るとたちまちに乳が出て、赤子の命が救われたといいます。左衛門は聖人に帰依、出家し、公孫樹の傍らに法華の道場を建てたのです。この故事に因み、毎年5月15日に『柏談義会』を開いています」とご住職が説明してくださいました。
日蓮聖人のご文章が残っていて「十二日酒匂、十三日竹の下、十四日車返、十五日大宮」と文永11年に、鎌倉から富士山の南側を通って身延山に入られる行程が記されています。この「大宮」が現在の富士宮ですから、宗祖は間違いなくこの地に立ち寄られています。
宗祖といえども当時は名もなき一人の旅の僧です。その人との一度の邂逅で帰依し、私財を投じてお寺を建立される。現実に、「出乳」という奇跡的な現象があったのかもしれませんが、やはり宗祖となられる方には、恐ろしいほどの人間としての魅力がおありだったと考えるほうが自然なのかもしれません。
ご供養の柏餅をいただきながら、宗祖もご覧になったであろう富士山を仰ぎみていました。