
水泳達者 かえっておぼれる
日蓮宗の僧侶でもあり、1956年から第55代内閣総理大臣を務めた石橋湛山さんの自伝に、こんなことが書いてありました。
「中央線が甲府まで来るまでの山梨県では、日本3大急流の1つ、富士川を下るのが東京に出る1番便利な通路であった。鰍沢が船着き場で、朝5時ごろ船に乗ると、正午前後には岩淵に着く。そうすればその日のうちに東京に行けるという寸法だ。他の陸路ではどうしても宿屋に1晩泊まらなくてはならず、しかも容易ならざる山坂があった。
しかし、川下りにも重大な欠点があった。舟は小さな木造で、たまに難破することもあり、無事に舟を通すのはへさきに立つ船頭のさお1本の熟練であった。
私はここに不思議な現象があったことに気がついた。それは、これらの舟の遭難の際、乗客の女子どもがかえって助かって、水泳達者の若者が命を落とすことがあった。
その青年は静岡県の普通学校の生徒で水泳には自信を持っていることを目で見て知っている。
彼は郷里の静岡に帰省する際、不幸にも富士川下りの舟で遭難し、死亡した。しかも、その舟には、女も子どもも交えて、多くの乗客があったのだが、死んだのは彼だけであった。名にし負う急流は泳ぎ切ることを許さず、その青年を押し流し、波に巻き込み、岩石に打ち付けたのだろう。しかるに水泳に自信のない他の乗客は、ただ恐怖して、破れた舟にしがみつき、その破れた舟が彼らを岩に打ち付けたり、波に巻き込んだりすることから彼らを救った」
自信を持つことはとても大事なことです。そのために人間は刻苦勉励、切磋琢磨、相互研鑽します。でも、自然の力には人知の及ばぬ大きな力があることを忘れてはならないと思います。